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また、早川さんのご講演が!!

 投稿者:L  投稿日:2018年 6月 8日(金)19時14分50秒
   こんばんは。
 下の投稿のタイトル、脱字していてお恥ずかしい。「おじが亡くなったのは80年”前”ですから」としたかったのです。

 さて、去年は日中戦争開戦80周年でしたが、今年も「戦争を始めた日」集会をやる由。
 で、第1部が早川さんのご講演です。

7/07 戦争を始めた日 講演会(早川タダノリさん「「よい日本人」の戦争~日中戦争から現在へ~」、日比谷図書文化館)& 国会前市民集会
7月7日(土)の集会概要
●午後の部〈講演集会〉
時 間:14時~16時
場 所:日比谷図書文化館・大ホール
    アクセス→https://ikss.net/wp-content/uploads/2018/03/hibiyamap.pdf
講 演:早川タダノリさん「「よい日本人」の戦争~日中戦争から現在へ~」
 フリー編集者/日中戦争、太平洋戦争期の広告、雑誌記事など紙媒体を収集し研究/著書;『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版)『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社)など
資料代:700円/先着200名
(続きは以下)
http://www.labornetjp.org/EventItem/1527569188110emi

 主催の方は去年の集会と同じです。

 ファンとしては万難を排して出張る所存。総督閣下のご都合が付くことを願ってやみませぬ。
 
 

おじが亡くなったのは80年まですから

 投稿者:L  投稿日:2018年 6月 8日(金)01時42分44秒
   総督閣下、ありがとうございます。
 母方は短命で、医者の兄2人と両親は戦後早くに亡くなってしまい、横浜空襲を浴びた母を含む姉妹4人が生き延びました。
 ですから、亡くなった彼らについては「写真で見たことがあったけっかな」という程度の存在です。また、配属将校に殴り殺された中学生のおじについてはごく最近、母から伺ったものなのです。
 母たちは横浜でお墓を守って来たのですが、維持しきれなくなって今はこちらのお墓の隅に移しました。墓誌もないし母は名前で呼ばないので私は名前もわかりません。
 中学生で中絶せしめられた叔父の話は、私の世の中を見る基盤の一つです。
 特別におじたちを悼みはしませんが、再び”ゾル”がエバる世の中にさせないようにアレコレすることがせめての手向けでしょう。
 ♪死んだかれらの残したものは 生きてる私生きてるあなた 他には誰も残っていない 他には誰も残っていない
 (過日、総評会館で小室親子の生歌で聞きましたが、神に入っていて胸に堪えました)
 

ここ数日、悩んでおりました

 投稿者:印度総督  投稿日:2018年 6月 7日(木)06時38分7秒
  > Lさん
叔父上のご冥福をお祈り申し上げます。
それを書いて、意味があるのか? あの世(いづれ私も読者諸氏も、アベ総理も行くトコロ)の叔父上は、どう思うのだろうかと考えておりました。
 Lさんも哀悼の意を払えと書き込んでいるわけではないだろうと思ってますが、社交上、やっておいた方が良いと。

 これって「歴史認識問題」に通じるトコロがあるぞ! と目からウロコがひとつ、落ちました。
 

(無題)

 投稿者:L  投稿日:2018年 6月 2日(土)19時03分11秒
   おじは横浜の今も残る私立の旧制中学に通っていて、親にオシャレなコートを買ってもらいました。で、それを着たおじの得意げな写真が残っているそうです。
 おじは嬉しくて学校指定外のコートを着て登校し、配属将校に見つかって「貴様、生意気だ!」くらいでぶん殴られて脳内出血で亡くなったようです。

 ”学校に強訴、配属将校と校長を吊し上げ、民事、刑事、行政責任(処分)を取らせた”なんてことはないようで泣き寝入りで受け入れた模様。

 ま、戦後の生徒指導の怖い体育教師の源流、原形ですわな。体罰は違法、厳禁で重罪なんていうのは日中戦争前?くらいで終わった話でしょうね。で、この軍隊式が常識として戦後の学校をはじめとする社会に伝わって行ったと。一方で旧植民地の韓国などにも伝わったと。
 まあ、日教組だって「教え子に再び銃を取らせるな」とか「日の丸君が代反対」は戦後しばらく経ってのことで、行事等は惰性で皇国式で「こういうもんだわな」とやってきたわけですし、”教育のヤスクニ”である大阪の「教育塔」をお守りしお祭りを毎年やっているわけで。

 まあ、日教組はまだしも、世間様が煮詰まって出来た自民政府においては掣肘する仕組みを無くしてしまったので、連中がやりたいことはブレーキなしにアクセルを踏み込んで行き過ぎるでしょうし、やる気のないことはサイドブレーキを引いたままでアクセル自体がないので行き届くことはありません。制度としてのフィードバックや三権分立が死に、暗殺と革命の恐怖がなければ政権の暴走は防げませんよ。
 前者が「高プロ」(使用者に労働時間を把握する義務はないが24時間/日、年6200時間余の勤務を命じかつ欠勤控除が可能!)、後者が子供の貧困対策(オトモダチに払う広報には何億も使うが、対象者へはカンパを使う)が典型。

 思うに総督は”対象者”ではないかと…。
 

次は脚気と疱瘡ですね

 投稿者:印度総督  投稿日:2018年 6月 2日(土)08時32分5秒
  > Lさま
 釜が崎界隈、近頃は外国人観光客に人気と云う話くらいは聞いておりましたが、ヒドイ話でありますね。
 高度経済成長前の日本人は、在来の食生活で蛋白質・脂質が不足しがちだとモノの本で読んだ記憶があります。

> 体罰
 公式に認めてない「私的制裁」=体罰としていたモノを、何をいまさら(苦笑)。「無い」「やってない」と言い張っていれば、下僚がつじつまを合わせる、どっかの首相ぢゃあないんですから…。

> 撲殺
 教練中ではなく、風紀粛正の「行きすぎた指導」だったのでしょうか。国家首脳を筆頭に「指導者」は掃いて捨てる程おりますが、どーして「行きすぎ」と「行き届かない」の間が無いんでしょうねえ…。
 

カマの結核罹患率はアフリカの平均よりもだいぶ悪いと国境なき医師団在阪!診療所が評していましたな

 投稿者:L  投稿日:2018年 5月31日(木)15時45分43秒
   然りでございます。
>戦前回顧、昭和回帰、「イエスタデイワンスモア」な人でさえ、衛生状態を昔に戻せとは云いますまい
 魯迅先生が「フェアプレイは時期尚早」で、相手を相手の主張通りに遇すべきだと皮肉っていたのを思いました。
 七「当人のやり方によって当人を律する」ということ
~法律には笞刑(ちけい)はないが、もしも体刑が好いというものがあれば、その人が罪を犯したときだけ特に尻を叩く。~碗に箸に飯に菜、これは現代人のために設けられたものだが、燧人氏(人民に火食を教えたという古の帝)以前の原始人に復したいと思うものには、生の肉を食ってもらう。そのうえ、何千となく茅屋を作って、大邸宅にいて堯舜を景慕している高士どもを引き出して来て、そのなかに住まわせる。物質文明に反対しながら怨みを呑んで自動車に乗っている人があるが、これは、むろん、乗らせないようにしなければならぬ。

>  その頃長寿だった方は、ただ単に衛生的な生活を意識していただけなんぢゃあないか、現代も似たようなモノではないのか
 現代の釜ヶ崎は結核が猖獗を極めているも行政と世間様が目を背けてきたので「国境なき医師団」が”進駐”、療養所を構えて治療を続けていたそうです。で、「いやあ、ここは酷い。アフリカの紛争地帯の中でも悪い方と同じくらいの結核の罹患率だ。(これじゃあ、労務者を日本国に任せて紛争地帯に帰れないわ)」と評していた由。
 魯迅先生の仰る通りに、”戦前回顧、昭和回帰、「イエスタデイワンスモア」な人”だけ、ストマイ以前の国民病の感染に任せてあげたらよいと。
 小生の母方は、母(結核サバイバー)、兄2人(医者だが結核死)、兄(旧制中学、校則違反のコートを着ていた咎で配属将校に撲殺)、その父母(結核死。父は市役所勤務。お手伝いさんのいる中流)でしたから、そこそこ金持ちで衛生的、栄養を取っていてもそこそこリスクはあるでしょうね。

 しかしまあ、世間には朝三暮四の猿も驚くような人々も少なくないので、戦前に戻すことにさして反発がないかもしれません。ツイッターを見ていると、目を剥くような「事実」が数々並んでいますからねえ。最近では皇軍と体罰というテーマで、”戦後、教師による体罰は旧軍の残滓といわれたが(ニッキョーソの)デマ。なぜなれば体罰は皇軍で禁止されていたから。敗戦前の体罰の横行は一部の不心得者の問題(で皇軍の偉い人と帝国に責任はない)”という三浦瑠璃論法(皇国が酷かったのは学徒動員以後の2年だけ)を開陳する向きが現れて驚愕しました。ちなみに、おじが配属将校に撲殺されたのは”敗戦前(いいコートが自由に買えた時期ですから)”ではないです。
 

人類の進歩と調和

 投稿者:印度総督  投稿日:2018年 5月30日(水)05時50分35秒
   戦前回顧、昭和回帰、「イエスタデイワンスモア」な人でさえ、衛生状態を昔に戻せとは云いますまい(笑)。
 その頃長寿だった方は、ただ単に衛生的な生活を意識していただけなんぢゃあないか、現代も似たようなモノではないのか、と思う次第であります。
 

今月も素晴らしい!

 投稿者:L  投稿日:2018年 5月28日(月)22時11分36秒
   こんばんは。今月も面白いですね~。古のフマキラーってあのような恐ろしい器具で噴霧していたのですね。とても清ちゃんに任せられません。

 総督閣下の仰る通り、衛生害虫は総じて減りましたね~。かつてはちゃぶ台の上に蠅帳を乗せていたものですし、天井からはハエ取テープがぶら下がり、手元にはハエ叩き、殺虫剤に蚊取り線香、夜は蚊帳を吊り、定期的に消毒と称して町内会で殺虫剤を大々的に噴霧したものでした。
 幼稚園や小学校では紙芝居や掛図、ポスターで衛星昆虫の恐怖を叩き込まれたものです。また、中学か高校の教科書には、衛生昆虫防除の大家、佐々学さんのツツガムシについての文章が載っていました。ツツガムシ病のみならず、日本脳炎の恐怖は大変でした。
 総督の仰る通り、人糞を肥料とするのをやめて水洗化したことや都市化に伴って水たまりが減る等が効いているのでしょう。
 逆に言えば、敗戦後、あるいは戦前の状況は凄かったでしょうね。たしか、米進駐軍が驚いたことの一つがハエの多さで堪らずDDTを撒き捲ったとか、人糞肥料による寄生虫が蔓延していたので、これを使わない清浄野菜を栽培したとかと読んだことがあります。「清浄野菜」って元々こういう意味なんだと驚きました。数十年前の日本は、本に良く書かれるインドなどと変わらなかったのでしょうね。もっとも、在日豪軍の皆さんはあまり気にしなかったかもしれませんが(家畜の糞を食べるスカラベの類がいないのでとてつもなくハエが多いそうな)。

 まあ、衛生昆虫の害よりも殺虫剤の影響が問題になったのは世の中の進歩でありましょう。感染症などで短命な時代には考えられないことだったでしょうから。生態系への影響にしても機械力の小さい時代には見えにくかったでしょうし。
 

「もとの田沼の濁りぞ恋しき」とは云いますが

 投稿者:印度総督  投稿日:2018年 4月26日(木)21時54分35秒
   清廉潔白だけどツマンネーのと、ウサン臭いが面白い、のバランスが崩れてきた感を持ってます。ゆえに男女の仲を云々する気はありませんが、権勢づくで人様をモノにするのは美しくない。
 カネになびく、地位によろめくのを否定も批判もしませんが、借金のカタに、地位をカサに、は「大人(たいじん)」のする事ぢゃあねーよな、と。
 

750000アクセス、おめでとうございます

 投稿者:L  投稿日:2018年 4月25日(水)21時39分53秒
   こんばんは。75万アクセス、おめでとうございます。
 毎回、面白くてためになる記事をありがとうございます。
 今月の上げ底のお話もとても面白いです。そこで一歩踏み込んで、”そも、背が高いとエライという価値観はいつ始まったのか?”と突っ込むのは流石です。たしかに、上げ底してまで背を高く見せる滑稽さというのは西洋の価値観が流入してからのことでしょう。今話題の”「おっぱい」はエロ”と同じ?パターンですね。
 総督も暗示なさっていましたが、今日の偉い人たちの目下、就中、女性への価値観(酒場のネエチャン相手ならOK)は驚愕であります。このような偉い人たちは、毎年、会議を重ね予算を立て研修と説教と脅しと処罰を自分以外に繰り返してきた責任者なわけで、「なるほど明治150年萬歳であるなあ」と滂沱の涙に暮れるばかりであります。
 ま、散々ぱら生徒を殴り続けてきたオッサンが出世すると、研修で「体罰は絶対にあってはいけないことです」と往時を知る同僚に平然と説教していたそうなので、まことに臣民への道は厳しいものです。
 

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