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  1. ヨハン教会について(384)
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投稿失礼いたします。

 投稿者:Flute  投稿日:2015年 5月 3日(日)19時50分20秒 p16044-ipngn100203kyoto.kyoto.ocn.ne.jp
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  突然の投稿失礼いたします。私は京都大学の学生です。私がヨハン教会の人に声をかけられて教会に行き、2か月間ほどだけ通ってから2年が経とうとしています。ようやく距離を置いて自分の経験を見ることができそうなので、文章にしてみています。
私の両親はクリスチャン(マイナーで異端扱いされることもあるので教派は出しません)でしたが、私に信仰を強要することはありませんでした。私自身、聖書の物語のいくつかは知っているものの、立場は曖昧なところにとどまっていて、いつかは取り組まなければならないと先延ばしにしていました。そのようなとき、夏休み中に大学構内でヨハン教会のリーダーに話しかけられ、興味を持ちました。ちょうど大学生特有の暇を持て余していた時だったので、教会に通い始めました。それから2か月くらい通いましたが、こちらから一方的に関係を断ち、その後バプテストの教会に通うようになって現在に至ります。
私がヨハン教会との関わりを断った理由はいくつかあります。ひとつは親の反対。両親に話したところ、川島先生のものを始めいろいろなHPで情報を集めて心配してくれました。これは一つの判断材料になりました。もう一つは礼拝の雰囲気が好きになれなかったこと。ドラムやギターを使ってポップスのような讃美歌(韓国語から翻訳したのか日本語の入れ方に無理がある)を歌い、何かのライブのようでした(実際に韓国のバンドと称する団体が来たこともあります)。礼拝が終わった後に振り返ると、多くの学生(見るからに人と話すのが苦手そうな男性が多い)がうつろな目で座っていました。牧師さんは年配の女性で、どんな話をしていたのかは忘れてしまいましたが、礼拝以外で見かけることはほぼなかったと思います。一度問題の金牧師(今大変なことになっているんですね)が説教に来たこともありました。教会堂を立てたことがいかに素晴らしいかの自慢話に終始していた記憶があります。それから一番大きな理由は、私には自分の居場所になる大学の友人関係があったことだと思います。私はヨハン教会というコミュニティを必要としていませんでした。教会には礼拝と、平安と、イエスキリストにある交わりしか求めていません。日常の人間関係は別に確保していたのです。
私がヨハン教会をやめる時に一番引き留めたのは、最初に声をかけてきたリーダーでした。わたし自身、彼女の生き方は尊敬しますし、聖書の手ほどきの仕方には感銘を受けました。しかし、私にはすぐに人生の進路を変える決断ができませんでした。もっとじっくり、聖書と人生と向き合う時間が必要だったのです。そしてヨハン教会のスピードではそれをこなせるとは思えませんでした。リーダーは交渉術にかけては信じられないくらい巧みで、私がもう絶対に教会に通わないことにしようと決意して行っても、気づいたら来週の約束をさせられていました。そこで私は一方的に連絡手段を断ちました。と言っても、LINEをブロックしただけです。有り難いことに、家に押しかけてくるようなことはありませんでした。
次の週から私はバプテストの教会に通い始めました。小規模で私以外ははるかに年配の方ばかりという、ヨハン教会の対極にあるような教会です。私はここで安らぎを得ました。1年ぐらいして浸礼を受け、今は少しずつ教会の仕事を手伝ったり、聖書を読み進めたりしています。幸福です。今でもヨハン教会の人を大学でよく見かけます。たまに知り合いに会うこともあります。リーダーにも一度会いました。私は元気ですよと伝えました。
今思うと、私がヨハン教会に行ったのも、やめたのも、神様のお導きだと思います。感謝しています。ヨハン教会に今通っている人に対して、こんな選択肢もあるということを知ってほしいと思ってこの文章を書きました。
人には神が必要です。でもヨハン教会に通うだけが信仰の唯一の道ではありません。自分が教会に通う理由は何なのか、冷静に見つめ直してほしいと思います。

この文章は適当なところに転用していただいて構いません。ここより適切な場所があればそちらに移動してもらっても結構です。もし私の記憶を掘り起こしてご協力できるのであればご返信ください。お読みいただいてありがとうございました。
 
    (川島堅二) 貴重な体験の投稿をありがとうございました。  
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