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  1. ヨハン教会について(383)
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(無題)

 投稿者:ぱーこ  投稿日:2014年 2月 2日(日)10時50分9秒 FL1-122-135-103-29.tky.mesh.ad.jp
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  ヨハン教会に通っていた時間と、同じだけのときが流れました。
時という壁を隔てて思うことを、書かせてください。

もし、色々なものが混ざっている状態を、そのまま受けとめることができたなら。何が正しいではなく、構造を見極める眼があったなら。
誰かの正しさではなく、自分の道を踏む一歩を知れたら。
真実という立体。ひとりの人間が知れるのはその断面であること。
それでも譲れないものを抱きながら、自分の道を行くことしかできないことを、
あの時知っていたら。

私が若さをなげうって学んだのは、それくらいです。

ヨハンという場所が、社会において異質か。普遍的か。
異質だったから出て行ったのでしょうが、出た先の社会でもヨハン的なものには出会います。
欺瞞。
私が最も「ヨハン的」、とつぶやくようになったのは、そういう性質です。
馬鹿にしているのに気づかなかったり、清く正しく美しく見えるものに酔ったり、○か×で考えたり、覚悟のない正義であったり…そういう、現実に覆いをかけてしまう状態。自惚れです。
でもそれは、人間の業ではないでしょうか。
そういう性質が磁石のように引き寄せられて、ヨハンという団体に入り込んだ。そこで先へ進めなくなるほどの不便が生じたからとりあえず出て行った。でも内部の問題は自分で出口を見つけていくしかなく。その過程において事の病巣、自分なりの答えを見分けるようになった・・。
私のこれまでの人生です。
ヨハンという教義に染まったのが初めではなく、元々私という人間に染みついてた癖が、あの世界観に没入させ、こじらせていただけです。ヨハンはただの、磁石であり、増幅装置です。

ヨハンは、人が産み出したものです。
それはヨハンだけでも、宗教、カルト、という枠でもありません。
だから私は、あの場所で感じた「ヨハン的なもの=欺瞞」を。自分の中に。人の中に。ヒット曲に。思想に。三面記事に。裁判に。歴史に。
今も出会うのです。
人間社会というものが一つの人間の身体であれば。
ヨハンを人類のハート(心臓)だ、ブレイン(脳)だ、(解毒する)肝臓だ腎臓だ、と言ってはばからない人間も、この世には存在しますし。癌細胞だ、排泄物だと思う人間もいます。ある人にとっては、存在にすら気づかないのに痛み出すかもしれない盲腸かもしれません。
私自身は、寄生虫に近いのかな、と思ったりもします…
ただ一つ共通して言えるのは、ヨハンに流れている血と同じものが、その外部にも流れているということ。ヨハンを恨んでいても、称えても、批判しても、無関心でも。
人にできるのは、そういった本性に注意深くあろうとすることだけ。それは、後天的なもの、ある種の訓練の積み重ねで鍛えるものなのだと思います。

だから私はあの場所を、懐かしく思い、もう戻ることはないだろう・・と思います。
あの場所は私にとって、その前の小、中、高校と同じようなものです。
同窓会にはいきませんが、私は幼小中高の同窓会にもいきません。会いたい人には会うだけなので、そう思うのかもしれませんが・・
 
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