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平凡社の『世界大百科事典』では次のような記述がされている。「[竹島問題]竹島の帰属をめぐる日本・韓国間の係争問題。1618年(元和4)伯耆国(鳥取県)の大谷・村川両家が江戸幕府から竹島を拝領し漁場を開拓した。92‐93年(元禄5‐6)ころ,朝鮮からの出漁が盛んとなったため,幕府は対馬藩主の宗氏を通じて出漁禁止を申し入れた。これに対し朝鮮では竹島は自国の領土であると主張し交渉は決裂した。」
なお、ここで言う竹島は当時「松島」と呼ばれており、徳川幕府が朝鮮領と認識していた鬱陵島(当時の日本側の呼称は「竹島」)ではない。
『ブリタニカ国際大百科事典』にも以下の記述がある。「竹島帰属問題 竹島 (韓国名は独島) の領有をめぐる日韓両国間の紛争。江戸時代にもこの島の領有に関しては,両国間にしばしば紛争があり,結局日本は 1905年島根県隠岐郡に編入した。」
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