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高石師範でありましたか!

 投稿者:印度総督  投稿日:2017年 7月 4日(火)07時09分51秒
  まだ自分がAM誌を買っていた頃の、あの方の作例は戦車単体だけでした。
なるほど…。
 
 

高石誠さんというモデラーです

 投稿者:L  投稿日:2017年 7月 2日(日)23時28分55秒
   こんばんは、この達人は高石誠さんという方でアーマーモデリングで活躍しています。元々は油絵を描いていたそうですが、画家への道には挫折してしまい、戦車モデラーになったと。で、美術出身のせいか、面倒で異常な作り込みと塗装を苦にしないと。ディテールを削り落として面と角をキッチリ削り出すとか、ボルトやリベット、ヒンジなどすべてのディテールを作り直し、付加するなど恐ろしく緻密で工業製品らしいシャープな作品が特徴。シャープさを出すために真鍮などを削りだして部品を作り出すのも得意。そこに油絵画家らしい、泰西名画的な塗装とパステルを使った見事な汚しや錆び表現を加え、国内外の物好きに衝撃を与え、大量の追随者が出ました。また、フィギュアも美大出に相応しい見事なプロポーションとポーズ(キットのままでは微妙に不自然なことが多い)、レイアウトに緻密なディテールと、顕微鏡を覗いて塗った異常なリアルさ。
 ベースを付けてディオラマにすることはしないのですが、それでもそこにポッと45年の5月のベルリンが存在してしまうのですよ。水晶玉を覗いたように。
 彼の模型はB5くらいまでなら実物並みの情報量と再現度を示すと思います。

 彼が、模型パーツメーカーの依頼で書いた文があるので、ぶっ飛び具合をご堪能ください。シャーマンにアンテナを立てるだけでこれですわ。http://www.adlersnest.com/page021.html

 検索では残念なことに瞳に景色を描き込んだ写真は見当たらないですね。まあ、空雲山緑くらいをぼんやりと書き込んだものですけど。でも、挑戦するところが尊いわけで。普通は黒目を入れるのがせいぜいで、超絶で瞳を打つくらい。神クラスでマンガの様にハイライト。それが虹彩を描いて景色の映り込みですから。技術書をいくつか出しているので立ち読みでもして味わってみては。
 

1/35フィギュアの瞳!

 投稿者:印度総督  投稿日:2017年 7月 2日(日)20時30分15秒
   見てはならぬモノを見てしまった感(見てませんが)がありますね。
 とは云え、それを見る目があり、塗る腕がある方がおられるのなら、冥途の土産に見ておきたい気持ちはあります。

 模型の再現度の究極は、実物写真の小型プリントと同価な情報量を得るに到るのか? とは積年の疑問(あるいは夢)であります、

> 特輯24種説
 物語の祖型は何種類かに集約出来る、と云うハナシを大塚英志さんが引いていたのを大分前に読んだことを思い出しました(笑)。人間が興味を持つネタも、煎じつめれば2-30くらいにまとまるのかもしれませんね。
 

そうそう、安達太良山の上には本当の空だけでなく

 投稿者:  投稿日:2017年 7月 2日(日)00時47分42秒
   そうそう、安達太良山の山頂にはさほど大きくない「八紘一宇」の石碑があり、何処かでは皇紀2600年の碑も見たことがあります。その時は「オイオイ」と思ったのですが、今にして思うと存外、登山の口実だったのかもしれません。ヤマケイには、山頂で軍服を着て日の丸を付けた木銃を持ち戦勝を祈る登山家の記念かつ証拠写真がありましたから、その豪華版かも。  

登山雑誌の特集

 投稿者:  投稿日:2017年 7月 1日(土)17時56分27秒
   こんにちは。今月もお勤め、ご苦労様でした。
 要塞地域の写真の話、覚えていますよ。”縷々禁忌を書いてきてのでみなさんは写真もスケッチもやるまいと思ったかもしれないがこれさえ守れば大丈夫だからぜひ旅に出て写真やスケッチを楽しんでほしい”という強引なまとめが印象的でした。
 さて、以前、ヤマケイの80年代?のBNを読んでいたら、編集部の方が実に自由にブッチャケ話を書くページがありました。そこに、”登山雑誌の特集というものはせいぜい24種であってこれを2年でローテーションするだけなのだ。どうせ読者は覚えていないし、売れる特集なんてそのくらいの数なんだ”という露悪が書いてありました。ただでさえ書く内容は毎号同じですし、総督が段々、同じに見えてきたのも当然でしょう。
 私の愛読する模型雑誌も似たようなもので、マスターモデラーズの懸賞目当てのハガキに”商売はわかるがあまりにもマンネリで飽き飽きした。もっと幅を持たせろ。”と書いたことがあります。タイガーだの日本の戦車だのゼロ戦だのもう飽き飽きだと統計を添え、イタリアの兵器だのスペイン内戦だのスエズ戦争だのWWⅠだの、もっと、グッと来る特集をやって欲しいとリクエストしたのですが、すでに体力がなくて廃刊になってしまいました。懸賞の方は1度だけ、ムスタングのデカールが当たって嬉しかったです。ハガキと言えば、MA、AM、MMに計4回くらい載せてもらったことがあるのですが、記念に景品でもくれるのかしらと思ったら掲載自体が景品でちょっと残念でした。
 釘頭の網目の正解、やはりありでしたか。「神は細部に宿る」と言いますが、紙に神を宿らせ現出させるアニミズムの世界は凄まじいなあ。芸術家系モデラーの方が「目に見えないようなディテールを積み重ねること」の意味を問われて、”装甲板を張り替え、リベットやボルト打ち直していくことで「解像度」が上がり、醸し出す雰囲気が変わるんだ。双眼実体顕微鏡で35分の1のフィギュアの瞳に写り込んだ景色を描き込むことには意味がある。まあ雑誌に作例を載せて読者を意識した中でエスカレートした部分は大きいけど”と言っていました。写真で見ると模型はすでに付喪神になってるんじゃないかと。このプラモと同じ部屋には寝たくないす。
 戦前は必ずしもそれほど昔ではないけど、ディテールを知ろうと思うとたとえ記録があっても辿り着くのは大変でしょうねえ。時間があれば、早川さんがよくリツイートしている「図書館のレファレンスサービス」も役に立つのでしょうが。
 

近代登山

 投稿者:印度総督  投稿日:2017年 6月25日(日)15時05分21秒
  > Lさま
 戦前の雑誌『ハイキング』を一まとめ買い、「要塞地帯法」の話をネタにした事があります。そう云うカタイ話の外は、山行レポばっかり載っていて、2、3までは興味深く目を通し、それから先は全部同じに見え、放り出してそれっきりにしています(汗)。当時の登山服装、食べ物、交通手段など楽しそうなのですが。

 登山、ハイキングは、うまいこと「錬成」「聖地巡礼」の大義名分が得られましたが、「ゴルフ」はダメだったと昭和史読み物にちょこっと書いてあったりしてますが、「どうダメだったのか」と云う部分を紹介した本には出会えていません。

> 釘のアタマ
 最初は会社近所の戦前家屋のカベや柱をじーっと見て、写真の何枚も撮ったりしたのですが、経年変化が激しく(要はサビだらけ)、模様なのか錆びて荒れただけなのか判然せず、日比谷の図書館に洋釘会社の社史(戦前刊行)があると云うので読みに行けば、「商品」写真はあれど釘をヨコから写したものしか出ておらず、社史の中に

「其(註・撃鎚器)の一端は即ち鎚頭(つちがしら)で、そこには粗い布目みたいな紋がある。(略)鉄線の小口を、この鎚でドンと撃つので、あの様に潰れた頭ができ、そして頂に布目の模様も付くのである。」

 の記述を見つけ、「網目アリで可」となったのであります。
 その「釘の頭」が映画の何処に出ていたのか、11月の公開から20回ばかし観ていてもサッパリ解らず、4月に新宿の映画館で教えていただき「あーッ!」と驚いた次第です(笑)。
 

非っ常にキビシ~ッ!

 投稿者:L  投稿日:2017年 6月24日(土)22時59分33秒
   こんばんは。今月も新記事、ありがとうございます。
 戦中の趣味の生き延び方、非っ常にキビシ~ッ!ですね。これを読みながら連想したのは登山であります。ヤマケイなんぞを眺めていると周年記念号とか第XXX号記念とかがたまに出るのですが、敗戦前の登山界の記事は定番です。
 近代登山は、高学歴な有閑階級の数寄者が外人の登山に感化されて始まったようでまさに金持ちの高尚な趣味でした。その後のGDPの成長と交通の発達、観光宣伝に影響されて大衆化して行ったと。まあ、都会っぽい趣味ですから田舎の人や高小出の皆さんはそれほど関心を持たなかったでしょう。
 で、日中戦争くらいになると、登山趣味も人目が気になるようになってきたと。しかしまあ、登山なんていう趣味は死ぬかもしれないけど出かけてしまうようなビョーキの世界ですから、やっぱり行きたい、どうしても行きたい。そこで、でっち上げた口実が「お国のために活躍できるよう、心身を錬磨鍛錬する修行の場として山に行くのであり、山の神に必勝の祈願に行くのであって決して遊びに行こうというわけではない」という口実だったとか。そこで、軍服を着て木銃を担ぎ、むやみに胸を張って堂々と、でも内心はビクビク出かけた由。もっとも後の北杜夫も松高に入って戦時中にアルプスに行ってますが、流石にそんないでたちじゃあなかったでしょう(誰にも会わず、山が染みるように美しかったとか)。
 かの戦争の時、文句を言われそうなグループの皆さんは”英語は日本語の一方言”をはじめ皇国のロジックを逆手にとって強弁、突っ切ろうとしたわけですが、没論理、反知性全盛ですから憲兵や警官や世間様に「屁理屈いうな」でぶん殴られていそうです。
 カメラの質問の件、来なくて良かったですね~。一般的には資料や証言が多そうですが、もしその場合には息が暫く止まるような盲点についての質問だったのでしょう。釘の頭の網目模様は当時もあったのか?は私も息が止まりました。黒澤明だってきっと、そんな恐ろしい質問はしなかったのでは?小生は思わず釘箱を覗いてみたり、検索してみました。輸入した洋釘製造機がそういう仕様だったと出ていたので網目があったのではと思いますが、正解はどうなのですか?
 

過分なお褒めをいただき恐縮です

 投稿者:印度総督  投稿日:2017年 5月26日(金)21時13分13秒
  > Lさま
 お久しぶりです。
 「近頃の兵器生活は詰まらぬ」と愛想づかしをなされたのかと思い、久方ぶりに「兵器」ネタを投じてみた次第です(汗)。

> 映画への協力
 部屋の古本古雑誌に動員をかけた矢先に東北の震災があり、寝床の復旧を優先したため、総督府は「孤独死した人の部屋」も同然となっております。
 この何年か「一枚モノ」ネタが続いているのは、週末にカントクからお題が来て、遅くとも72時間後には何らかの返信をする必要があったがためでありました(呑んで帰ると新たな『お題』が来ていた事も再三ありました。
 映画完成前の1年弱は実際の制作がてんやわんやしていたようで、こちらは「動員解除」だと思っていたら、「釘のアタマの網目」の有無について問い合わせが来て、日比谷の図書館に駆けつけたのでありました。

 映画の動員が200万を越えれば、復員出来るんぢゃあないかと思っておる次第です(笑)。
 

ご無沙汰しております

 投稿者:L  投稿日:2017年 5月26日(金)17時13分32秒
   こんにちは。ご無沙汰しておりました。映画への協力、素晴らしいですね。新潟などまで遠征なさっていたんですか!実は、トークショーをなさっていたのでは?監督のブログでお名前を拝見した気がするので、斯界ではもはや”公人”でしょう。
 さて、御時勢のお蔭で敗戦前とはどういうものであったのかということに世間様の注目が集まり、ちょいとしたマーケットが生まれたのは大したものです。
 そのような中で、魁としての兵器生活、総督の仕事の重大さと偉大さはいや増していると思います。先日、ツイッターを眺めていたら、”兵器生活に出会って自分も目覚めた。今では古本屋に通って内容をブログで紹介しています”という方をお見掛けしました。この大宇宙の様に、総督のエネルギー、ビッグバンによって”兵器生活宇宙”は猛烈に拡がっているのです。このところの多数の出版やイベント、連続講座も総督のエネルギーが物質化し、星々へあるいは星雲へと進化しているということを示していると思います。
 さて、そんな中で、今月の「少女の友」の紹介は面白いです。ボークスからドール?が発売されるという中原淳一の表紙が特徴だったのに、ちょっとゴッホが入っていそうなリアルな少女にまずびっくり。中身も小松崎研究家なら大興奮ですね。このようにモチーフが顕れ進化していくのかとびっくりしました。
 より面白い題材をというところで、総督が御苦労なさっていることが毎月伝わってきますが、ネット宇宙にこうした題材はほとんど書き起こされていないので、どれをとっても面白いし楽しめると思います。資料の山の中から、ON級の記事をお探しで苦労なさっていると思いますが、柴田、高田はもちろん、末次クラスでも十分面白いし価値があると思います。
 正直申し上げて、斯界の「青空文庫」だと思って伏し拝んでおります。
 今後ともよろしくお願いします。
 

ハム! カルピス!!

 投稿者:印度総督  投稿日:2017年 2月 3日(金)22時38分23秒
  > ささきさん
 実に羨ましい。男兄弟三人はわが家と同じなのに、この待遇の違い(笑)。
 サンタクロースは年一回ですが、進物は盆暮れ二回なんですよね…。

> 「甘いお酒」
 そもそも映画のように口から垂れる程、中身は入ってなかったと思います。
 

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