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『琅』30号ありがとうございました。

 投稿者:井口 光児  投稿日:2016年 5月 5日(木)06時05分13秒
  宗内 敦 先生





 道路脇の平戸ツツジの控えめな淡い香りに誘われるように街路樹の緑も日に日に色濃くなりました。先生におかれましては、お変わりなくお過ごしのことと、お慶び申し上げます。



 記念すべき、琅30号をご恵送いただき、ありがとうございます。
また、私の拙文をお載せいただき、また、期せずして、旧友の赤松氏の文と並び読まれる恥ずかしさに汗顔の思いです。遠く離れて活躍する盟友の美文に感心しきりでありました。 さて、牛村圭氏の「歴史に向きあい、語りあうために」は、明治から昭和の近現代史を学び直している私にとっては、大変勉強になる提言でした。正しいことは何だったのかを知るためには、 思想や文献等にも偏りのない選択が必要であると留意しているつもりでしたが、発表された時代背景や資料の分析のしかたなど公平な判断が必要であることがよくわかりました。参考にしたいと考えています。



 先日3月19日土曜日の夕刻に、お電話を頂き、先生のお元気なお声に触れ、懐かしさとともに温かさを感じることができました。ありがとうございました。ちょうど大阪場所を観戦にお見えだったのですね。前半は、先生のご贔屓、大関稀勢の里が調子良く、盛り上がりを見せておりましたので、早朝よりNHKの「幕の内全取組」で応援していました。「二言、三言、世迷い言(17)」で記されているように、「四股=腰の強さ」はあらゆるスポーツの基本です。私も身をもって感じましたので、娘にも 足腰の強さを説き、トレーニングさせました。



 歩くことの大切さは、身をもって感じております。授業を持たせて貰わなくなって3年間、デスクワークが多くなり、運動不足から体重が増え、おまけにストレス解消で飲む回数も多くなり、定期検診の数値が芳しくありませんでした。五十路を迎えて、自分の体には気をつけなければと、駅までの自転車通勤をやめ、往復1時間歩いて通勤しています。体重が10㎏ほど減り、学生時代のスーツが合うようになりました。



 私は、歌を口ずさみながらではなく、学生時代に聞いていたポップスを聞きながら歩いています。若かったときにはよくわからなかった歌詞の意味に共感できるのも、年齢を重ねたからだと感じました。目には季節の 移り変わりを感じ、健康診断の数値も安定し、体調も良く、多くの恩恵を享受しています。ただ一つ、靴の底がすぐに減るのが難点ですが、新しい靴を買う喜びとして納得させています。「健康は歩行から」を実践していきたいと考えていますが、ただ一つ、趣味が無いことが困っていることです。定年までには何とか探していきたいと先生のエッセイで思った次第です。



 どうか、末永くご健康でご活躍をお祈りいたします。
                                                                                                                  敬具
 
 

『琅』30号 

 投稿者:宗内 敦  投稿日:2016年 4月17日(日)06時31分19秒
編集済
  『琅』30号、予定通り、編集終了しました。今月末に発行できそうです。
ご希望の方には、どなたにでもお送りします。遠慮なくご連絡下さい(無料贈呈)。お早めにお申し込み下さい。

<同人諸氏へ>
 次号締切日:16年9月末日
 送付先:編集人(松村)
 原稿要領:デジタル原稿(詳細は、お問い合わせ下さい)  
 

謹 賀 新 年

 投稿者:宗内 敦  投稿日:2016年 1月 1日(金)15時33分47秒
    明けましておめでとうございます。
 私事ながら、昨年末、無事に傘寿を迎えました。よくぞここまで、の感慨にふけりました。『琅』も昨年5月、10月に刊行して、29号に達しました。そのほか果樹栽培も順調、あれやこれや、それもみんな皆様との不断のご交友に力づけられてのこと、心より感謝しております。
  庭では自慢の、名付けて「梨(り)りん」(梨リンゴの8種混合樹)が、今年こそは手入れに報いるぞとばかりに立派な花芽をつけています。人と人、国と国もこのような関係性のもとに、平和で楽しく暮らせる時代であって欲しいと願っています。
  本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
  皆様のご健康、ご多幸を心より祈念しおります。

             2016年元旦   宗 内   敦

追:
① 『琅』の原稿締め切りは3月末日、投稿規定を守って、松村茂治先生まで、ご送付下さい。
② お年賀状へのお返事は、欠礼させて頂いています。お許し下さい。


 

戦後70年を迎えての評論

 投稿者:上原義正  投稿日:2015年12月 8日(火)06時42分41秒
  「戦後70年を迎えて」の動画を拝見しました。まず、韓先生は、これからは軍事力ではなく魅力という印象深いコメント。また、日本は福祉・医療への投資率が世界トップクラスということに印象を持った。牛村教授のコメントでは、日本文化論として、1948年を例に挙げている。ひとつは、東京裁判。いまひとつは、ルースベネディクトの菊と刀。これらが、いまだに日本人の内なる声に響いていると、ある。これは、日本人のアイデンティティが固まった頃を示唆していおり、昭和人のプロトタイプ、原型になっていると、理解した。また、日本人は、福沢諭吉の文明概論の端緒を内面的価値感情として抱いていることも明らかになった。さらに、1970年サンガネ山を訪れた際に、戦犯でまつられている戦没者各位が政治利用されていることも判明した。そして、1995年以来、戦後冷戦が始まったという。
 ここで、いくつかの疑問点または小生の世界観を述べてみる。
 まず、原爆について。これが敗戦の要因となった。これは、8月5日に原爆投下前の7月16日にアインシュタインがアリゾナ州近辺で実験をして成功した。アメリカの軍事利用の目的は、もちろん、制圧にあるが、武器弾薬の試験を実地訓練中に行う傾向があるので、広島への投下、長崎への投下はあくまでも実験である。その後、アメリカ軍の医療部隊が日本にぞくぞくと入り、被爆者のデータ収集を行い、本国に持ち帰り、その影響力と主成分の分析を行っている。この点、3者のシンポジュウムでは触れられていない。
 次に、日本はアメリカに敗戦したのが4回という事実をふれていない。まず、黒船来航。しかも、白旗を用意してである。2回目が、太平洋戦争。3回目が、1980年代のレーガン大統領と中曽根元首相のプラザ合意。その次が、リーマン・ショック。これらの「経済戦争」「武装戦争」が一定の周期で来ているのが気づかれていない。
 さらに、東アジアを取り巻く環境について。2015年7月に、五島列島に105隻の漁船が故障したと言い、上陸した。これは、中国が自衛隊の重要拠点の偵察であることは、火を見るより明らかである。尖閣も同様に、同年8月に同じ手段で上陸。ついこの前は、アメリカ海軍に中国哨戒船が追行または並列した。これは、アメリカ対中国の戦争の勃発に近い危機的状況である。
 それに付け加えて、東アジアの安全保障の仕組みについて触れられていない。まず、北朝鮮。この国が民主化すれば、戦争の危機に突入する。北朝鮮が軍事訓練でテポドンを撃つたびに、アメリカと中国と日本が連携する。ロシアは兄貴分として諌める。つまり、北朝鮮はバッファ機能をもつ、緩衝地帯なのだ。北朝鮮が「おいた」すれなするほど、東アジアのパワーバランスが保たれる。
 また、平和を騙りデモ行進するのも、よいのだが、なぜ、怒りを込めて行進するのかわからない。韓教授の言説の通り、魅力をもって、リオのカーニバルのように笑い、楽しみながらデモをするといった、演出がないのである。これは今後の課題である。エセ右翼団体のように、黒塗りのバスに、軍歌、演歌、巨人の星などを流しながら、何を言っているのかわからない、がなり声を出している方がずいぶんと演出されている。好きか嫌いは別として。
 あとは、移民・難民政策。このたび安倍首相は、970億円を支出するかわりに、「女性の地位向上」と「高齢者問題」で、移民・難民の受け入れを拒否した。これは偉業である。文化摩擦として、シリア、タイなどの難民は一神教に対して日本は多神教であり、このあたりにおいては、衝突が発生しやすくなるのと、生活保護だけでも、莫大な支出になる。ただ飯、ただ食い、昼間は、ギャンブル・覚せい剤です。スウエーデン、ドイツも同様な受け入れをし、大変な事態に陥っている。日本、ドイツは敗戦国なので、勝戦国で形成された国連の勧告を受け入れなければならないのは、当然だが、今回は突っぱねている。
 慰安婦問題について語られていない。慰安婦は、売春あっせん所から引っ張ってきた、置屋の娘、日本でも、飛田新地・信太山にあるが近くに自衛隊の基地がある、そういったところからひぱってきたのだが、いかんせん、量が多く収まりがつかなくなったので、朝鮮人の協力者が、まるで、奴隷狩りの手段と同じく、内部協力者からの提供で、需要と供給のバランスが取れたのである。従軍慰安婦ではなく、置屋の娘。韓国は勝戦国なので、日本に慰安婦問題に関しては、礼金を払い続けなければならない、なぜなら、タダでやっていたから。
 こういった、事実を明らかにしながら、討論会を行ってみてはどうだろうか?
 

投稿について

 投稿者:上原義正  投稿日:2015年12月 3日(木)10時23分16秒
  宗内先生

お久しぶりです。ようやく生活が落ち着きました。エッセイを書いたので、投稿したいと思っています。先生のアドレスをお知らせください。supersonicjetvision@yahoo.co.jpまでお願いします。
 

日文研シンポジューム(「戦後70年を迎えて」 徹底討論:<戦後>をどう考えるか)紹介

 投稿者:琅・編集 宗内  投稿日:2015年11月28日(土)08時50分35秒
編集済
   過日(10月29日)、京都に赴き、「日文研」(国際日本文化研究センター)主催のシンポジューム(「戦後70年を迎えて」 徹底討論:<戦後>をどう考えるか)を拝聴してきました。登壇者は、同研究センターの坪井秀人、磯前順一、韓錫政の各教授と、『琅』29号に「書くように話すに如くはなし」を寄稿頂いた牛村圭教授の4名。『琅』29号に「戦後70年、私の所感(宗内)」を書いた私は勿論、「戦後70年」を基(もとい)にして日本の来し方行方を考える者にとっては、その思索を深めるに資する、大変重みのある、身にしみる内容でした。
 その討論全容が、このたび、インターネット放送に載りました。早速『琅』同人諸氏にはそのこと連絡しましたが、様々な方々にも、これを通知すべく、ここにご案内いたします。
***http://ibs-web.nichibun.ac.jp/lapis/detail.do?id=245***
 

反戦と平和の訴え、美事に伝わってきます

 投稿者:琅・編集 宗内  投稿日:2015年11月 9日(月)12時40分13秒
  赤松理 様
 読みました。広島市教育委員会が後援する「被爆70年祈念事業」の読書感想文コンクールでの「最優秀賞」、宜なるかな。たくさんの方々の目に触れることと思います。ああした内容に触れながらの貴君の校長訓辞、一度拝聴したいものですね。
 学校現場に目を移せば、実務的には、子ども達が安心して通える平和な学校作り、校長の双肩にかかっています。たくさんの学校長達が、貴君の文章から、それを読み取ってくれること、願っています。
 

29号拝受いたしました

 投稿者:赤松 理  投稿日:2015年11月 8日(日)23時33分47秒
  ありがとうございます
長い間の編集のお仕事、お疲れ様でした
私ごときにも、身に余る紹介文を頂戴し恐悦至極です
先生のブログ2015.08.15の書き込みも拝見しました
「隣国を侵して残酷な加害者となり、また、原子爆弾の被爆というこれ以上にない過酷な被害者となった日本民族。それ故にこそ、平和を訴え、戦争に
反対する最高の資格を有する。このプライドを持って、とこしえに平和と反戦を訴えていくことが、われわれに与えられた地球的な使命だと言えないだろうか。」
共感します。
私事ですが、この夏、さるマイナーな読書感想文コンクールで「最優秀賞」を頂戴しました
「8時15分ヒロシマに生きぬいて許す心」という本に限定された感想文コンクールなのですが
お察しの通り、題名の8時15分は1945年8月6日の8時15分です。
その本の示すことと、私の思いは上記の引用と通じるものがあります。
下記URLにコンクール詳細や入賞作品が載っていますので是非ご覧ください
http://815book.org/?page_id=994
 

15年.10.21 『琅』29号発行

 投稿者:編集人  投稿日:2015年10月21日(水)06時14分17秒
  『琅』29号、予定通り、編集終了・刊行の運びになりました。近日中に諸処へ発送致します。
ご希望の方には、どなたにでもお送りします。ご遠慮なくご連絡下さい(無料贈呈)。但し,残部僅少につき、お早めにお申し込み下さい。

<同人諸氏へ>
 次号締切日:16年3月末日
 送付先:編集人(松村)
 原稿要領:デジタル原稿(詳細は、お問い合わせ下さい)
 

お心、煩わせました。

 投稿者:宗内 敦  投稿日:2015年 9月22日(火)20時45分36秒
  佐野智子様
30年ぶりにお声が聞けて、感激でした。
ご要望、了解致しました。早速、修正致します。29号の割り付け・編集は、来月3日に、松村先生と一緒に行います。順調に刊行できると思います。
本当に、いつの間にか、30年ですね。でも、「自在」ができあがったときの喜び、昨日のことのようです。ありがとうございました。
次代を担う子どもたち、よろしくお願い致します。 宗内 敦
 

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