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 投稿者:黒目  投稿日:2007年 8月12日(日)20時40分56秒
  もう一度、反戦のうねりを!
「テロ対策特別措置法」を廃止に追い込もう!

状況は変化しました。
もちろん、この状況の変化は、反戦運動の力がもたらしたものだなどということは出来ませんが、これまでの長い期間の、なにをやっても自民党公明党の大量議席でファナテックに押し流されてしまうという無力な状態は打破されたという事実は、巨大な変化です。

11月1日、「テロ対策特別措置法」、この半年ごとの強行採決により延長されてきた法律が期限切れを迎えます。

参議院での逆転がおこったとはいえ、衆議院ではまだ自民公明が多数であり、民主党も甚だ心細く、このまま小沢一郎による「政局運営」にまかせておけば、廃止になるだろうなどと楽観視することは全くできない状況です。
私たちはこの情勢に介入し、反戦運動の力で「テロ特措法」を廃止に追い込むのでなければならないのではないでしょうか。

私たちは、甚だお手軽な運動ですが、文章を作成し、賛同を集め、政治家や政党に送付するという行動を提起したいと考えました。
大きな動きができれば越したことはないのですが、眠ってしまっている運動が立ち上がるのは、急にはできることではありません。
これは情勢への介入であると同時に、私たち自身が「目を覚ます」ための行動が必要なのではないかと考えたものです。

*「対テロ戦争」とはなんだったのか

日本はこの法律に基づき、インド洋に海上自衛隊を派兵し、アフガニスタンを攻めるアメリカ軍に燃料を無料で供給してきました。

いまや、「対テロ戦争」という政策の全面破綻は明らかです。
アフガン戦争とはなんだったのか?
世界でもっとも貧困に苦しんでいる国にミサイルを撃ち込むことが、「テロ対策」である、という奇怪な論理に基づいてこの戦争は開始され、私たちもこの戦争に加担しました。
その結果、「テロの危険」は減少したでしょうか?
アフガニスタンの人々の状況は好転したでしょうか?
そしてまた、それはアメリカ合衆国や日本の「国益にかなう」事だったでしょうか?

このような現実の前に、アメリカ合衆国においても「戦争の正義」が疑われ、ネオコンの一派は没落し、ブッシュはレイムダックとなり、戦争を推し進めた勢力は来年にも総退場しようとしています。

然るに、日本の状況はどうでしょうか。
自民党や民主党内右派と呼ばれる諸君は、未だに「アメリカ合衆国の意思を酌むことが国益である」という、彼らに染み付いた習性から逃れることができない様子です。
無料の給油所と戦争の名目を失いたくないアメリカ合衆国はしきりに揺さぶりをかけています。

一連の「対テロ戦争」によって破壊された世界は容易に回復することはできないでしょう。
私たちは、アフガニスタンの韓国の宗教グループの拉致事件について、なにやら人事のような、リアリティを欠いた認識しかしていないように思えます。あのイラクでの人質事件でのバッシングが、私たちを深く縛り付けているのかもしれません。
しかし、この事件は、今後何十年も続く「戦争」の一般的な形態になるであろう事は明らかです。アメリカ合衆国とその同盟者がばら撒いた憎しみは、このような形態の戦争を生み出しました。そして戦場は世界大に拡大しようとしています。

*戦争の時代から脱け出そう!

私たちはどこを目指すべきでしょうか?
声明では、「対等で公正な国際関係の回復」により、戦争を終わらせるということを主張しています。
「対等ではなく、不公正な国際関係」とはどのようなものでしょうか?
今現在の問題で言えば、「イラン核武装問題」というものが焦点化しています。
イランが核兵器の開発を進めようと
ふがふが。

これは「古い『近代国家』を甦らせようとする、反動的なものだ」という評価もありえましょう。





「戦争ぜんぜん終わってへんやんけ」という問題。
例えば昨年のイスラエルによるレバノン侵略戦争、またイスラエルによるずっと持続されている、パレスチナに対する絶滅戦争、これらは米軍も自衛隊も噛んでいないが、明白に一連の「対テロ戦争」の一環として行われた戦争だ。
そしてまた、タリバンによる韓国人キリスト教徒誘拐、イラク国内の内戦など、侵略された側による戦争はずっと持続している。
当たり前だが、イラクでアメリカが疲弊して兵を引き上げることで戦争は終わりにはならない。
「対テロ戦争」を仕掛けた側も、ずっと緊張を持続することは不可能なのであって、すでに「次の911」の準備に入っている奴はいるだろうし、また、韓国人 キリスト教徒の一団の身の上に起こったことは、これからの数十年間の間に、何回も繰り返し起きることであるのは間違いない。
これからは我々が「戦争に加担した日本人である」という理由で、普通の旅行者やビジネスマンが標的になり続けるのである。

すげえ大きな流れで言えば、これはアメリカ合衆国という世界帝国が没落する過程の始まりであるだろう。もちろん、これも直線的な没落であるわけもなく、この数十年間は世界中で、恐ろしい戦争に血塗られた時代が続く事になる。

我々の為すべきことは、「我々の勝利である」なんて寝言を言うことではなく、この恐ろしい状況に対して、どのような「まともな決着」を提示していくのか、という話でなければならないのではないのではないか、と思ったりした次第。
 
 

改定その1

 投稿者:黒目  投稿日:2007年 8月 8日(水)12時33分42秒
  戦争の時代を脱却するために
「9.11」に始まった『戦争と復讐の時代』、もちろん9.11もその10年前の一次イラク戦争の復讐であるに過ぎず、我々の眼には「9.11から始まった」かのように 見えるのは、世界帝国=アメリカ合衆国とその同盟者が、自らの為した行為に対して復讐されることすら想定していなかったという楽観的観測が打ち破られた初めての戦闘であったからであるわけですが、爾来、この世界は血の海に沈んだままです。

「テロとの闘い」という名目で行われた一連の戦争は、大規模な軍事力で以て大量の殺戮を加えれば、相手は恐怖しておとなしくなるだろうという、信じられないような楽観主義に基づいたものでした。現実にはアメリカ合衆国とその同盟者によって行われた殺戮は、アメリカ合衆国とその同盟者に対する激しい怒りを 巻き起こす結果を生みました。ネオコンという奇矯なイデオロギー集団に導かれた「対テロ戦争」は、テロの危険を減少させるどころか、世界を怒りの坩堝へと叩き込んだのです。

アフガニスタンで韓国の宗教者グループが誘拐・殺害された事件は、日本ではあまり深刻なリアリティを持って受け止められていない節があります。しかし、これからの数十年間、世界中であらゆる人々が対象となって、同じような事件が起こり続けるであろうということは、想像に難くありません。
これからの永い期間にわたって、私たちはこの愚行のツケを支払わせられることになるのです。


私たちはどこへ向かうべきなのでしょうか?
この世界の矛盾は、「アメリカ合衆国とその同盟者が、唯一の正義を所有している」という想定に基づく、不公正な国際関係に集約されるでしょう。
一連の「対テロ戦争」の正当性そのものが問い直され、是正されるべき時がきています。
「対テロ戦争」の発信地であるアメリカ合衆国そのものでも、戦争の正義が疑われ、ネオコンは没落し、ブッシュの時代は終わりを迎えようとしています。
日本に於いても、小泉政権が支持し、推進し、加担した「対テロ戦争」の正当性を見直すべき時代を迎えなければならない時期なのではないのでしょうか。
「テロ対策特別措置法」によって、日本はアフガン戦争という終わりの見えない戦争に、燃料を供給するという形で参加しつづけました。この行為により、わが国は世界の多くの人々によって「敵」であるとみなされるという事態に陥りました。
小泉時代の与党の大量議席により強行されたこの愚かな戦争から、まず私たちは離脱することが必要だと考えます。

なによりもこの戦争を始めたアメリカ合衆国自身がこの戦争で手詰まりとなり、展望を見出せない状態に陥っているという状況下で、わが国に対し、燃料供給の継続を要求するなど、自らの失政を他国に尻を拭かせようとする行為以外のなにものでもありません。
戦争の時代から我々が逃れる方向は、公正で対等な国際関係の再構築に向かう以外にないのです。

「テロ対策特別措置法」を廃止に!
これは公正で対等な国際関係の構築に向けた第一歩です。
 

下書きをここでしてみる

 投稿者:黒目  投稿日:2007年 8月 8日(水)00時29分3秒
  戦争の時代を脱却するために
戦争の時代から我々が逃れる方向は、公正で対等な国際関係の再構築に向かう以外にないのです。
「9.11」に始まった、戦争と復讐の時代、もちろん9.11もその10年前の一次イラク戦争の復讐であるに過ぎず、「9.11から始まった」かのように見えるのは、世界帝国=アメリカ合衆国とその同盟者が、自らの為した行為に対して復讐されることすら想定していなかったという楽観的観測が打ち破られた初めての戦闘であったからであるわけですが、爾来、この世界は血の海に沈んだままです。
アフガニスタンで韓国の宗教者グループが誘拐・殺害された事件は、わが国ではあまり深刻なリアリティを持って受け止められていない節がありますが、あれはこれからの数十年間、世界中であらゆる人々が対象となって、同じような事件が起こり続けるでしょう。
「テロとの闘い」という名目で行われた一連の戦争は、大規模な軍事力で以て大量の殺戮を加えれば、相手は恐怖しておとなしくなるだろうという、信じられないような楽観的観測に基づいたものでした。現実にはアメリカ合衆国とその同盟者によって行われた殺戮は、アメリカ合衆国とその同盟者に対する激しい怒りを巻き起こす結果を生みました。これからの永い期間にわたって、私たちはこの愚行のツケを支払わせられることになるのです。
ネオコンという奇矯なイデオロギー集団に導かれた「対テロ戦争」は、テロの危険を減少させるどころか、世界を怒りの坩堝へと叩き込んだのです。

私たちはどこへ向かうべきなのでしょうか?
この世界の矛盾は、「アメリカ合衆国とその同盟者が、唯一の正義を所有している」という想定に基づく、不公正な国際関係に集約されるでしょう。
一連の「対テロ戦争」の正当性そのものが問い直され、是正されるべき時がきています。
「対テロ戦争」の発信地であるアメリカ合衆国そのものでも、戦争の正義が疑われ、ネオコンは没落し、ブッシュの時代は終わりを迎えようとしています。
わが国に於いても、小泉政権が支持し、推進し、加担した「対テロ戦争」の正当性を見直すべき時代を迎えなければならない時期なのではないのでしょうか。
「テロ対策特別措置法」によって、日本はアフガン戦争という終わりの見えない戦争に、燃料を供給するという形で参加しつづけました。この行為により、わが国は世界の多くの人々によって「敵」であるとみなされるという事態に陥りました。
小泉時代の与党の大量議席により強行されたこの愚かな戦争から、まず私たちは離脱することが必要だと考えます。

なによりもこの戦争を始めたアメリカ合衆国自身がこの戦争で手詰まりとなり、展望を見出せない状態に陥っているという状況下で、わが国に対し、燃料の供給をし続けることを要求するなど、自らの失政を他国に尻を拭かせようとする行為以外のなにものでもありません。

まず、我々がインド洋の自衛隊を撤退させるべき時が来ています。
これは公正で対等な国際関係の構築に向けた第一歩です。

「テロ対策特別措置法」を廃止に!
 

某所の保存(W

 投稿者:黒目  投稿日:2007年 2月15日(木)11時21分7秒
  空論諸氏とは当然にも私などのことかと存じますが
[NEW]  黒目  - 07/2/15(木) 11:20 -

これまでここでなされた戸田さんへの問いかけは「議員は忙しい」との理由で無視される一方で、このようなところで人のホームページを引き合いに出して「自分の方がえらい」といってみせるというのは、いったいどういう論理構造なのか実によくわかりませんが、

そもそも増田先生の掲示板は「右翼に攻撃された」のであり、一方で戸田さんの掲示板は、戸田さん自身がよそで論争吹っかけてきたから論争が始まったのであり、この両者を「同一のもの」として語ること自体、増田さんの掲示板への誹謗中傷の類ではありませんか。それとも、増田先生も、どこかで論争吹っかけてきて、その相手を自分の掲示板から追い出すというような愚行をやっておられるのでしょうか?

戸田さん自身の愚行とその結果を薄めるために、人のところ引き合いに出すなど、大人のやることとも思えません。
ついでに言えば、
>サロンで、自分らの経験をスタンダードにして、暴力の荒らしの中で泥水をすすって闘わなけ
>ればならない第三世界での運動にあれこれ注文を付けているようなものである。
>
も同様ですね。過酷な条件の中で闘わなければならない第三世界の運動も、筋の通らない愚行に走れば、「あれこれ注文をつけられる」のは当然である。しかも戸田さんの場合は、「厳しい条件の中、やむを得ず」、他所の掲示板で論争を吹っかけた、とでも言われるのでしょうか?

また、私も黒目名義でいくつかの掲示板やブログの運営に関わっておりますが、私が戸籍名や住所電話番号を出さないのは、私が私の名前を投票用紙に書いてもらう必要もなく、商売をする必要もなく、裁判を背負って支援を要請する立場にもなく、したがってこれらの情報を出す「必要が全くない」からです。
「個人情報を出すのは最小限に」というのは、革命的左翼の、一番最低限の原則ではなかったでしょうか。戸田さんが言っていることを真に受けて、無駄に個人情報を無防備にさらしてしまう人がいたとして、その行為に対して、戸田さんはなにか責任を持てますか?

最後に。
> 彼らの空論の押しつけは、攻撃的な拝外主義と全体主義、権力弾圧が吹きすさぶ現下の「準
> 戦時状況」に於いて、左翼実名個人による自由投稿制掲示板を武装解除させ、ネットウヨ
> らからの自由な攻撃に晒してその破壊と閉鎖に導く事必至の投降主義の押しつけである。
>

この戸田さんの掲示板が、なんらかの意味で「武装」などしているでしょうか?
その「武装」の実態たるや、
1.管理者の思い付きによる首尾一貫しない、論理的整合もない奇妙なルールの策定
2.常連さんの複数ハンドルを使っての恫喝
の2点だけでは、かなり悲惨なレベルの「武装」なのではないでしょうか。
 

>極右暴力団改憲軍需利権集団が、KIチガイ神社を拠点

 投稿者:kb  投稿日:2005年 7月14日(木)16時52分45秒
  528 :侵略殺人強盗兵士の家族殺しを称揚するキchiガイカルト神社:2005/06/17(金) 21:29:34 ID:Fjbs3pW
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-06-24/01_01_1.html
>極右暴力団改憲軍需利権集団が、KIチガイ神社を拠点として活動(Nタイムス、ルモンド)
>http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/mondai/gyakusatu.html
>http://yeoseong.korea-htr.com/jyoseihoutei/nisino.htm
>太平洋戦争は日米という卑しいアジア侵略強盗同士が奴隷自国民を駆り立てた殺戮戦であった。
>靖国の英霊たちがアジア侵略強盗殺人の犯罪者若しくは犯罪の共犯者であるという事実から目を逸らしてはならない。
>英霊という犯罪者を野放しにして、時代に責任を霧散させて来たモラルが、戦後の無責任を拡大し「平成」の今に至った。
>拉致被害者を葬った金正日天皇北朝鮮軍需利権一派の愛国兵士たちが拉致家族の怒りから逃れる事など出来ないように、
>靖国の英霊たちもアジア数百万の家族を殺した犯罪者であり共犯者である事実から逃れる事は出来ない。
>数人の戦争指導者を連合国に裁いて貰うという怠惰に胡坐をかいて、英霊という個々の犯罪者を見逃してきた。
>靖国の英霊がアジア侵略強盗・家族殺しの犯罪者であり共犯者であるという重い事実を取り除く術などある筈もない。
>オウム裁判のように厄介で気の重いことだが、今、英霊という犯罪者を裁くのは我々戦後生まれ日本国民の義務である。
>アジア侵略の挙句、かけがえの無い家族を殺しておいて、たかが数十年で許されるはずがなかろう。
>靖国の英霊たちに家族を虐殺された被害者の怒りがもう消えたとでも思ってるのか。
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-03-17/2005-03-17faq.html
>日本人1697人を虐殺亡霊復活!特高官僚町村金五(田中内閣自治相、信孝現外相の父)たちの平成2005。
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-10-31/03_01.html
>北朝鮮の愛国拉致特攻兵士に家族を葬られた拉致被害者の怒りと
>侵略強盗家族殺しの靖国英霊兵士に対するアジアの凄まじい怒りは同じものだ。
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-07-01/2005070101_05_3.html
>http://www.h2.dion.ne.jp/~kyokasho/0_conb07.htm
 

・・・・・大丈夫なのか、日帝?

 投稿者:k  投稿日:2005年 5月 8日(日)22時42分49秒
  政治ニュース - 5月8日(日)18時52分
<高村元外相>靖国参拝の紳士協定「あうんの呼吸あった」
 自民党の高村正彦元外相は8日、テレビ番組で、王毅・駐日中国大使が「首相、官房長官、外相は靖国参拝しないとの紳士協定がある」と発言したことに関し「外務省の人間から『あうんの呼吸でそうなっている』と聞いたことがある」と述べた。協定の存在は否定しながらも参拝自粛の空気が政府内にあったことを認めたものだ。
(毎日新聞) - 5月8日18時52分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050508-00000030-mai-pol

 

イヤニュース

 投稿者:  投稿日:2005年 4月30日(土)11時04分3秒
  連合メーデーの写真がこれでいいのか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050430-00000006-maip-soci.view-000

 

バカニュース

 投稿者:k  投稿日:2005年 4月 5日(火)23時38分58秒
  小泉が「冷静な対応」をしているところを、君は見た事があるか。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
韓国に冷静な対応求める 教科書検定で首相
 小泉純一郎首相は5日夕、日韓が領有権を主張する竹島の記述などをめぐる日本の中学校教科書検定に韓国が反発していることについて「それぞれの国の教科書制度は違う。違いがあるからといって、あまり他の面に対立を広げるのは良くない」と述べ、韓国側に冷静な対応を求めた。官邸で記者団の質問に答えた。
 同時に「感情的な対立を抑えて両国の友好を考えるのが良いのではないか。(韓国政府には)反発が強まらないような対応を期待している」と強調した。
 細田博之官房長官は5日午後の記者会見で「きちんとした手続きを経て検定した。本来、内容には立ち入って言わないことになっている。外交的にどういう反応があるかは別の問題だが、今後の様子を見守る必要はある」と指摘。中国や韓国が内容の修正を求めてきた場合の対応は「今は申し上げる時期ではない」と述べるにとどめた。
(共同通信) - 4月5日19時35分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050405-00000157-kyodo-pol

 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2005年 3月17日(木)10時53分45秒
  <米大統領>世銀総裁にウルフォウィッツ国防副長官を推薦

 【ワシントン木村旬】ブッシュ米大統領は16日、ホワイトハウスで会見し、世界銀行の次期総裁にウルフォウィッツ米国防副長官(61)を推薦する意向を明らかにした。ウォルフェンソン総裁が5月末の任期切れで退任することを受けたものだが、イラク戦争を主導した「ネオコン(新保守主義)」の代表格の同副長官を国際機関のトップに充てる人事は欧州などの反発を呼ぶ懸念もある。
 ウルフォウィッツ氏は、国防副次官補や国務次官補など外交・国防畑を歩み、ブッシュ政権発足直後の01年3月に国防副長官に起用された。大統領側近のウルフォウィッツ氏を世銀総裁に起用することで、「自由の拡大」を掲げる米外交戦略に沿う形で世銀の途上国支援を推進する狙いとみられる。
 ブッシュ大統領は会見で「大きな組織を管理した経験があり、インドネシア大使を務めるなど外交にも精通している。世銀でよい仕事をするだろう」と説明した。ただ、ウォルフェンソン総裁が投資銀行出身だったのに対し、ウルフォウィッツ氏は経済分野での経験がほとんどなく、世銀のトップに登用するのは異例と言える。
 世銀の次期総裁人事は、最大出資国の米国が事実上、後任の人選を進めていた。ウルフォウィッツ氏も候補に挙がっていたが、欧州との関係を考慮し、起用に懐疑的な見方が強かった。
(毎日新聞) - 3月17日1時28分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050317-00000009-mai-int

 

お知らせ

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年12月29日(水)17時41分35秒
  「ですぺら」消滅につき、
中身は「despera」に移動しました。
リンクなどを張ってくださる奇特な方は、修正をおながいします。

http://black.ap.teacup.com/despera/

 

石原慎太郎テレビ出演中

 投稿者:黒目  投稿日:2004年11月 8日(月)22時32分57秒
  なんかタダのオカルト親父みたいになってきたな(W
すげえななんか。
「見てご覧なさい、わけのわからかない猥褻な文章が氾濫して」
って、お前が書いてた文章だろうが(W

ちゅーか、「石原首相待望論」なんてのがあったけど、これは消えるな。
2ちゃんねらーみたいだよ(W
 

送葬派のが先にワレで送葬されちゃったからなあ

 投稿者:黒目  投稿日:2004年10月17日(日)14時34分25秒
  なんだったんだあれは。
「派」とか名乗る時はよく考えて名乗りましょうってやね
 

葬送

 投稿者:noiz  投稿日:2004年10月16日(土)19時01分3秒
  葬送派は今何やってんだろう。  

介護・供養?

 投稿者:鍋山  投稿日:2004年10月 3日(日)09時49分0秒
   せめて『遺言』(「革共同史」問題はあっても)くらい共有できないと、
親戚付き合いもむずかしい。

>二次会三次会をボルシェビキズムの墓場に!

もはや、「社会主義者」の自覚もないので・・・
 

追記

 投稿者:黒目  投稿日:2004年10月 2日(土)19時53分40秒
  供養でも可。  

二次会三次会をボルシェビキズムの墓場に!

 投稿者:黒目  投稿日:2004年10月 2日(土)19時01分25秒
  つーかさ〜、ちゃんとご先祖様の介護は子孫がしろよ、と小一時間(略  

あれっ 味噌っかすが こんなとこまで

 投稿者:鍋山  投稿日:2004年 9月29日(水)22時09分33秒
  今年度「三次会大賞」決定!

【 左翼における「あたらしい歴史教科書」問題みてえだね(W          】
【 ボルシェビキの「偉大さ」を減ずる記述は、「自虐史観」として廃されるという 】

冴えてるね~ ビラ書けなくても、老人介護をしながらも・・・
 

二次会ご苦労サンです

 投稿者:セクトNo7@味噌っかす派  投稿日:2004年 9月19日(日)00時37分52秒
  どんでもいいけれど、大阪弁の連発の罵倒の言葉は加減して下さい。どうも見ていて疲れます。意味考えながら読まなきゃならんし、大体の意味しかわからないよ東北人には。「へたれ」と言っても狂牛病のへたれ牛とは違うんでしょうし。

罵倒言葉のエスカレートは、掲示板の方向としていいことじゃないと思うよ。どっちが先かじゃなく、それだけはお願いするわ。見ていて本当に疲れるの。

しまださん、レーガン政権知ってたみたいだけれど、あれはオチョクリ?あんまり大人をからかうと失礼になりますよ。ほどほどに
 

(無題)

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 9月14日(火)19時03分24秒
  つーかね、これまで、パソコンの前に座ってウイスキー飲んで、朝になって「はっ」て気がついたらビラが出来てたんですが、この間から飲んでも飲んでも出来てないんですよ(w
きっと「かわりにビラを書いてたちっちゃい奴」がどこかにいってしまったに違いない。
 

ああああ

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 9月14日(火)18時15分15秒
  ここの存在自体、忘れてた(w
ビラの下書きでもしようかな(w
 

ありゃ、暇そう

 投稿者:セクトNo7@味噌っかす派  投稿日:2004年 9月14日(火)11時39分49秒
  まっぺんさんとこのリンクで見つけたから、来て見たらお茶を挽きそうですな。主宰が二次会、三次会で出っ放しなんで、しょうがありませんか?

また後で、覗いてみます。しかし、鍋山さんいらん事で急がしそうですね。私んとこにもメール来てました。
 

確かにめんどい

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 9月 4日(土)16時00分41秒
  誰にも告知せずにこっそりブログとやらをやってみましたが、めんどくさいので見事に三日坊主です。媒体の問題というよりモチベーションの問題ということが判明。笑  

メルマガを役立てて下さい

 投稿者:CWグループメール  投稿日:2004年 9月 2日(木)23時34分48秒
  どこに行っても良くならない症状、なんとかしたい容姿のコンプレックス。
そんな症状や美容の悩みを解決してくれるその解決法は自分の中にあります。
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管理人様
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東京都港区六本木5-16-17 ホーマットプリンセス 110号

    

http://www.ckueibu.co.jp/ibi/

 

(無題)

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年 8月21日(土)02時18分29秒
  いや~、しかしブログはブログでメンドイねえ(W  

総ブログ化に抗して

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 8月11日(水)17時21分21秒
  タイトルに意味はありません (笑
ただ、ウェブ覚え書き帳面は便利は便利かなと思います。
「便利なツッコミ機能」を封鎖できるようにしておけば完璧か? 笑
コミュニケーションの押し売りはいらないから、とか言ってみる。
 

メモ(w

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 7月 4日(日)19時24分57秒
  http://black.ap.teacup.com/despera/  

・・・知っている人がいるところでよかたね(w

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 7月 4日(日)11時28分47秒
  やはしサヨクがやることには藝がなくて、「ブリーフ解放同盟」とかの前には敗北するしかないのでわないか?(W  

ヘルメットにサングラスの二点セット

 投稿者:伊達 純メール  投稿日:2004年 6月29日(火)13時53分4秒
   5月22日(土)にドイツのベルリンとベルギーのブリュッセルという2つの都市で行われた「[劣化」ウラン兵器問題に関する国際会議」の報告の記者会見が国際会議場の会議室で「NO DU(劣化ウラン弾禁止)ヒロシマ・プロジェクト」の森瀧春子さん、嘉指信雄さん、そして「広島瀬戸内新聞」主筆のさとうしゅういちくんによって行われた。私は、広島市から20数キロメートル離れた佐伯郡大野町から自転車で馳せ参じた。その時のスタイルは、「カスク」と呼ばれる自転車などで用いられるヘルメット(ほとんどが発泡スチロールで、わずかばかりの薄いプラスティックが覆っているというもの)にスポーツ用のサングラス(グラスの上部を軸に回転して押し上げるようにことができるようになっている)といったものだった。このいでたちは、三点セットにはなっていなかったが、二点セットではあったようだ。記者会見の行われた国際会議場に着くと、記者たちが「ギョッ」としているのが感じられた(知り合いの女性記者は、「あら、伊達さん」と言ってくれたが)。その時、さとうくんは「私たちの仲間です。決して怪しい人ではありません」と言いやがった!(苦笑) 「オレはじゅうぶん怪しいよ、うん(^^;メ)」と言っておいたのだが。。。  

だから「立派な人格者」なんて価値観は認めないっす(w

 投稿者:徳が低くて卑しい黒目メール  投稿日:2004年 6月 3日(木)02時30分2秒
  大杉殺害については、甘粕による絞殺じゃなくって憲兵隊による集団テロだったようですが、ようするに
http://page.freett.com/kamapat/mov/040320.html
のみっちゃんみたいなのがやったわけですね。で、その犯行を隠蔽する為に罪を被った奴ってのが、なんらかの角度から見たら「立派な人格者」でありえたかもしんないですがね。その辺のわけわかんねえ「立派な人格者」的価値観が甘粕を釈放させ、満州での暗躍への道をひらき、結局のところそのやった行為の責任を蒸発させてしまったんじゃないかしらん。大体、人に「立派な人格者」とか言われる奴にろくな奴はいないという説を採用します。

「ですぺら」の出元は辻潤ですな。
「お前は俺の言った事の意味なんかわからなくていい」とかいう無茶苦茶な話で、まあ非常に共感したわけですが(W
東京にですぺらという飲み屋があるようですね。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/despera/d-syokai/syoukai.html
出典も同じのようです(w
 

おひさしぶりでございますw

 投稿者:臨夏メール  投稿日:2004年 6月 1日(火)22時54分48秒
  どうも、えらいごぶさたしておりまつ(^^)

なかなかおもろそうなことしてはるようですね(笑
自分のほうは、アジアに漂いつつ、中国のアナーキストの勉強なんかしてます。

最近、アナーキズムの文献みてたら、どなたかの詩に「ですぺら」てあんのん見つけました。
えらい由緒ある名前やったんでつね!

大杉栄の自叙伝も読みましたが、あれは、見事な文章でしたねえ~、ついでに甘粕にも興味がわきました、
あれはあれで立派な人格者やったんではないか、とか李香蘭あたりがいうてはるようですね。

とりあえず、ひさかたぶりのごあいさつまで。。
 

あと

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 5月28日(金)09時27分2秒
  「プロ市民」養成のためのデモ訓デモとか 笑
デモ予行演習デモとかいって届け出したら警察嫌がるだろうな~
 

で、デモ申は死に神博士の格好でいくのな

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 5月20日(木)14時44分40秒
  >>ショッカーデモ  

だから

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 5月20日(木)12時08分58秒
  メットで登場したらフロントへ!(笑)

個人的には全員が目ぬき帽のデモとかやりたいんだけどね。ショッカーデモ。。。「いー」しか言わない、無意味なデモ。政治的な意味過剰をパロディする、デモが目的のデモ。
 

しかしね

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年 5月14日(金)00時48分19秒
  21世紀のコンニチのサヨクのファッションが三点なのか、ってあたりはどーよ?実用性においてはサバゲのゴーグルとかよ、フルフェイスのメットとかよ、花粉症のマスクとかよ、もっとええもんナンボでもある状態なんよね。そこでノルスタジックなファッションによって「新左翼運動」からの継承制を主張するのって、そんなにオシャレな行為だともおもえんのよね。ある種の諧謔としてはオモロイし、俺も某所から出てきた由緒正しい物件を持ってるけどさ(W、
なんつーか、いま、実用性という事ではなくメット持ち出すのんって、その運動状況そのものを諧謔に落とし込める効果しかないんじゃないのか?と思う今日この頃だよ。
せやし、マジで危険な展開で、暴力に晒される展開とかは、マジでメット被って頭守るべきだと思うねんけどね。
ま、「危険な任務を率先して背負います!」という決意性の現れとしてのメット登場であれば、それは高く評価し、是非とも重い任務を背負ってもらいたいと思うけどなあ。「これはファッションです」とか言われてもなあ、という感じっすね。
 

デモのファッションについて

 投稿者:唐☆天  投稿日:2004年 5月13日(木)03時40分36秒
   久しぶりに覗いたら,新しい書き込みが無いので最近の妄想をのべます(削除可)。
 最近のデモ・パレードは‘三点お断り‘のような雰囲気がある。これは、特定のイメージを主催者側が嫌ったものであろうが,そもそもそんな規制から最も遠くあるべき運動体が、無言有言の圧力で服装規定を設けるなど言語道断である。そこで俺は考えたね。
 かつて新日本プロレスの元王者永田が、デートを理由に試合会場に来るのを拒むノーフィアー高山に述べた言葉 「高山君。今の新日本の会場こそ,若者たちの最高におしゃれなデートスポットとして最適なのに…」 あおり文句としたらトホホな発言であるし、まじめに言ってるとしたら新日本の先が思いやられる発言である。
 しかし、この発言を単なる妄言とかたつけてはいけない。なぜなら、‘若者たちの最高におしゃれなデートスポット‘などというものは虚妄の存在であり、関西WALKERとか日経トレンディのうえにしかそんざいしないシャングリラであるからだ(ただし新日本プロレスの会場では決して無い)。もっとも若者たちの最高におしゃれなデートスポットは幻想の上では存在しており、この幻想を支えているのが上記のメディアである。とすれば,永田はプロレスの現状に対する認識を誤ってるわけでなく、積極的にメディア操作を行ったと考えるべきである。ただ惜しむらくはこの発言は週刊プロレス・週刊ゴング・東スポなどあまりおしゃれな若者がアクセスしないメディアにしかとりあげられなかったことであるが…。
 ここで本題に戻ろう、デモに三点をつけて行くことを阻むのは何か。それは三点に対する固定化されたイメージである。とすれば、我々がなすべきことは、三点にたいするイメージを刷新することである。具体的には、おしゃれな若者たちがたむろする場所に三点をつけていくことであげられる。三点がサブカルチャーとして認識されればしめたもの、サブカルを侵食することで成長する文化資本は一も二も無くとびつくはずである。多分ユニクロあたりが秋の新作として企業コラボ三点、120色から選べる三点を発表すれば、GAPもファミリー向け三点モデルを発売するだろう。
 そして,文化は相互作用しながら伝播するものである。ファッシヨンリーダー達は自ら牽引役となりながら貪欲にストリートカルチャーを摂取する。そう、今年の紅白は三点をつけた浜崎あゆみが全共闘世代を文字どうり狂喜乱舞させることになるだろう。あるいは、小林幸子が巨大三点をつけて現れるかも、それとも去年は長渕を一本釣りしたNHK、今年は中島みゆきが・…。
 考えてみれば,サングラスは有害な紫外線をカットするために必要なアイテムであり、タオルも平時は排ガスを吸わないため夏は汗を拭くために、冬は首を冷やさないために常時携帯が望まれる実用的アイテムである。また、ヘルメットは頭部を防護するものであり単車乗りには法的にも着用が義務ずけられる。歩行時にもうっかりバナナの皮を踏んでしまった際の防御策として現代人にとって必須のアイテムといえるだろう。
 このように実用性の高い三点ファッションがデモの場で着用できないというのは、不見識極まりないだけでなく我々を紫外線、排ガス、バナナの皮の脅威にさらすことになるのである。
 どうか心有るかたは、明日から、いや今日にでも外出の際は、とくに最高におしゃれな若者のデートスポットに出かける際には三点を着用して出かけていただきたい。
                                    以上
 

>「決定が参加者を拘束しない」

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年 5月 3日(月)00時22分12秒
  吉川勇一が言及しているのハケーンしたよ。
http://www.jca.apc.org/beheiren/yoshikawa.html
せやし、これもさ、俺はすんげえ理想的な形態をこの中に見るんやけどさ、問題もある事を一応指摘しとくとな、
長続きせんのよ、これ。運動盛り上がっているうちはええねんけどや、盛り下がってみんなへこんできたら、「私は拘束されない」ゆうてどんどん解体していくとゆう(w
んで、俺自身は「それはそういうもんやからしゃーないんや」という立場に立つねんけど、「そんなんでええんか!」という立場についても、それはヒジョーに一理あるという事を認めざるをえん。敵よりもヒツコク継続する、ゆうことが実はいっちゃん大事な事であるのはゆうまでもない。
で、「そんなんでええんか!」という立場について、全共闘解体以降というのは
1.「無茶やった方がエライ」という観点に立って行動する
2.集権的党を建設する
という2つの方向性の回答が出されたわけやね。
よく「党派系列化がすすみ、内ゲバや武装闘争の激化の中で全共闘運動は終焉していった」てな説明がなされるが、それはよそから持ち込まれたもんではない。運動の中から、そういう方向性が出てきたもんであって、全共闘の「自由な様式」への反動として生じたものではなかろーか、と思うわけやね。

まあ、あとから来たもんの宿命で、そういう後々の事も知ってしまっているという立場は、あんまりあっさりとものいえん、というか。
ま、この辺をちゃんと考えてへんから、「ギロンをすると内ゲバになる」てな無茶苦茶な総括がどこかでなされていたりするわけやが。
 

(無題)

 投稿者:Pegasuzメール  投稿日:2004年 5月 2日(日)00時26分12秒
  そのKEYの違いって、オレが同感するポイントは、生成後の結果が大事なんじゃなくて過程に本質があるというのを言ってる感じの部分かなと。
参加の問題でいえば、全共闘で「決定が参加者を拘束しない」というのがあったらしくて、それは使いようによってはすごいなーと思う。常に内部からの刷新の可能性を開いていると同時に、それだと決定内容もよりみんながついてきてくれるようなマトモなものにならざるを得なくなるだろうし。それと同時に議論を重んじていて(内ゲバを怖がる誰かさんとは大違い^^;)、それは討論の結果よりよい検討結果に到達するというよりもそういった議論過程そのもの以外に重んじるものはないと分かっていたからじゃないかなどと勝手に思う。
 

(無題)

 投稿者:唐☆天メール  投稿日:2004年 5月 1日(土)05時11分33秒
  ‘主体が起動するKEY‘ではなくて。‘主体がヌルッと変化するKEY‘をイメイジ(妄想)してます。
 ところで5月ですね。5月5日は子供の日でもありますがマルクスの誕生日でもあります(小泉親衛隊馳浩の誕生日でもある)。さらに言えばその前日4日は私、唐☆天こと空手キックマンの誕生日です。
 無為徒食で四半世紀 
 

主体性/集団性、あるいは共同性(w

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年 5月 1日(土)02時15分56秒
  イラク反戦盛り上がった時にさ、「やっぱり違うな」と思って帰っちゃった人はいっぱいいてさ、あれ、もったいないなあとずっと思ってたのよ。
うた歌う人は居場所あるからええねんけどさ。
やはし、「団体とか苦手なタイプ」が帰っちゃったんじゃないかと思うんよね。
そういうのんの居場所をどうやって確保するのか、ゆう作業ばっかりやってきたような気がすんねん。
んで、有象無象ゆうても一定の集団性はあるやろ、という説なんやが、その意志決定の過程に参加でき、その決定に全員が責任持つような形式、ゆうのんが妥当な線ではないかと思っているんやけどね。
まあ、俺自身は実はすんげえファナティックなキャラクターであるという事は自覚しているんだが(W、そおゆうんがそのまま全開になったらすんげえイヤな事になるであろうというところで、それをどのように回避しようかとゆう努力とゆーか(W
んで、また一方で、それぞれが他者の意想に関与しない、あなたはあなた、わたしはわたし、みてえな構造やと、俺みてーなファナティックな奴は「突出して状況を引きずる」という事を、自覚しないでやっちゃうんよね。それはそれで、すんごく人に自分が意図しないところの行為をやらせてしまうんではないか、というのが、俺はコワイ。
やはり、「自覚的でない行為」というのはやだね。俺はね。

んで、んな簡単に「主体が起動する実行キー」なんかあるか?(苦笑
なんとゆうかさ、「自分はほんまはこんな事やりたないなあ」と思っているのに、周りがそうやからしゃーないから「階級的労働者」を演じる、みたいな構造が長いことあって、そのメッキが剥がれて来ちゃったのがこの十数年なんじゃないのかなあ、と思っているのよ。
雰囲気で動くな、ワレの了見で動け!
ってとこかね。
マルチチュードていうの、いまだによおわからんねんけど、「自覚的に動く奴」みたいなイメージを俺は持ってんねん。
 

初登校?!

 投稿者:唐☆天メール  投稿日:2004年 4月30日(金)13時51分31秒
   昔友達とデモに行ったときにたくさんのおっけな旗が風にたなびいてて、なんか一緒に歩くのがしんどいな~と感じたことがあります。と同時に(主体性をもって)デモるならやっぱ最低限の団体性を確保しないと無責任だなと感じます。
 ほんで団体への帰属意識をもてない・もちたくない俺のような人間でもひょいっと参加できたり運営に参加できるSISTEM/actionの方法がないと個人が分断された現状(そんなに悪いことではない)では旧来の団体形態では持たないし、限界があるでしょう。
 以後は妄想なんですが、「いざかまくら」と言う実行キーをPUsHしたら農民が武士に生成変化し,「労働者諸君」!ということばにより賃労働者が革命家に生成変化したように,俺を/あなたを闘争機械/逃走機械/表現機械に生成変化させるような指示語があるのではないかなーと考えてます
 そういう意味では‘有象無象‘という記号は適当な訳語の無いMULTITUDEをうまくいいあててるのではないかしら?境界を越える有象無象の群れがいっせいに歌い出したら!
 ああ、想像しただけで夢精しちゃうわ☆!!
 以上妄想でした。時間ができたら、なんかアクションします。ほならまた
 

(無題)

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年 4月30日(金)00時49分18秒
  まあ、もちろんセクトが「団体」という事を主張すんのは当たり前といや当たり前なんやが、それを一般論として「運動とはこういうものだ」みてえな話として展開されたら、そらちゃうやろ、と言わざるをえんってとこかね。
大体、それやったら「我々は団体なのか?」というのがずっとギロンになっている関西有象無象なんぞはどういう事になんのんか、と(w
 

せんき社

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 4月29日(木)19時33分13秒
  http://www.bund.org/editorial/20040505-2.htm
これ、なんで俺の文章引かなあかんのかよおわからんな(W

しかし、wpnの運営がどういう塩梅になっているのかしらんが、
>荒岱介氏は、共同行動のルールについて次のように述べている。
あたりの「個人参加」vs「団体参加」問題って全然よおわからんね。
それは単にその共同行動がどのような性格のもんなのかという問題でよ、一般的に「個人参加であるべき」「団体参加であるべき」なんちゅー事が無前提に提示できるわけないやんなあ?
「WPNは団体参加であるべき」という話なら、話の構造としては理解できるんやけど。

まあ、わからん話は多々あるけど(W、この話の流れに一応限定しとこかい。

 

そういえば

 投稿者:pegasuz  投稿日:2004年 4月27日(火)12時53分40秒
  『世界』5月号にもその小林氏や小林正弥氏の座談会が載ってました。  

小林一郎氏がこういうのを書いておられます。

 投稿者:黒目メール  投稿日:2004年 4月19日(月)01時51分57秒
  こういうのが辺見庸のいうところの「メディア知」ってもんですよ、とゆーか。

http://www.h5.dion.ne.jp/~ichiro.k/text/iraqwar004.html

 

わろた>「正体不明」

 投稿者:noiz@黒帽よいこ  投稿日:2004年 4月15日(木)17時06分21秒
  口に出して「くろめ」とか「のいず」で~すとか名乗ってしまうのって、実はエリーティズムにいちゃもんつけるという意味があったりするのです。とか後付けしてみるテスト。

でも実際ぼくなんか「正体不明な名乗り」のまま出てってますョ (w 名乗りや肩書きを単なる記号の位置にまで落とそう! 極端な話、一号二号でもいいんだ。問題は発言の内容なのであって、人の社会的地位なんて、、、、、、、、、、、、、、、、くそくらえ。
 

モグラではなく、ヘビのように。~>゚)~~~

 投稿者:Pegasuz  投稿日:2004年 4月 8日(木)11時57分46秒
  この辺はかなり最近の世界情勢と現代思想の潮流との重要論点であろうと思うので、確かにそういう一面はあるにせよ、単に一言で個人の資質というか、似た性格が集まっている、ということだけにしてはいけない気もしています。
68年革命をどう受け継ぐ、てかどう再びそのエネルギーを見出すか(あるいはすでに現れているダイナミズムを的確に言い当てるか)、という核心的なポイントでもあると。
 

ひそかに議論が活性化していく地下底流みたいなもんが出来てくるのかな、と思いまふ

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 8日(木)02時00分29秒
  俺んとこに、この間の議論に関して、メールがちらほら舞い込んだりしている状況です。
吉川勇一さんが「議論せえ」ゆうて、この間の議論の集約みたいな作業をしてはるわけですが、一方で、「黒目という正体不明の人物」的扱いもあるわけで。
やはりこの間の議論の貧困状況というのんは、「議論」という行為が、ある種の名士的「言語エリート」の独占物になってきた結果でわないかという反省がすごーくあります。
せやし、「正体不明の」有象無象が動いた結果、例えば3.20には何万人ゆう規模の行動があったわけで、別に「正体不明の有象無象」が「議論」に於いて、「正体不明である」という事に於いて遠慮する必要はどこにもない。

で、そこでなんつーか、「文章化する能力」みたいなとこで、議論のピラミッド構造みたいなんが出来てしまったりする。俺なんかはそもそもはアホですが、長年サヨクのちっこいメディアに書き散らかしてきたりした結果、文章の体裁整えたりする芸はあるわけですが、別にそれがエライ事言っているという事を意味するわけでもなんでもない。
せやし、その辺の構造が、一部の言語エリートや「営業さん」みたいなんがのさばる構造を指をくわえて見てるというような状況を生んでしまったんとちゃうんか、という反省があるのです。

でですな、有象無象は有象無象の作法で議論したらええやんけ、と思うのです。
思った事書き散らかしてくれや、と。
で、高尚な議論は吉川さんのとこに任せる、と(w
やっぱりさ、俺らに似た連中はいっぱいおるんであって、それは「おるんや!」ゆうとこを見せてナンボとちゃうんか、と思うんよね。
まあそれは間違った話であったり、わけわからん話であったりもしがちであるわけやが(w、それはそれで議論したらええやんけ、ネットでハンドルネーム使える気楽さでいったらええやんけ、と思うんよね。
黙っとったら、俺らの居場所なくなるばっかりやで、マジで。
 

しんどい、と感じるのはやはりアリバイ的だったり妥協的だったり代表制的だったり、原理的な生産の伸びの実現への阻害

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)23時23分49秒
  ぎく。(w

つーか、「シノギとの折り合い」とかさ、そおゆう地平でしんどいよマジで(W
 

しんどいのに誰からもエラそうにされない…

 投稿者:Pegasuz  投稿日:2004年 4月 7日(水)23時05分11秒
  しんどい、と感じるのはやはりアリバイ的だったり妥協的だったり代表制的だったり、原理的な生産の伸びの実現への阻害、でしょうか。当為な言い回し、あるいは行政管理する指令への従属…。サバルタン・ナショナリズムにおいて、外への対抗力は内に対しては抑圧機構に他ならない、という言及も想起されます。「まさに、外部に関して――コミュニティの力・自律性・統一性のためを図って――防衛的な役割を演じる構造は、コミュニティそのものに孕まれた多数多様性を否定しつつ、内部に対して抑圧的な役割を演じる構造と同一のものなのだ。」(ハート=ネグリ『帝国』邦訳149頁)  

なんちゅーんかなあ

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)21時09分43秒
  「しんどい思いをした人がエラくなっていく制度」ってやですね(W
それ以前にしんどい思いしたくないが(w
 

MLから飛んできました

 投稿者:Pegasuzメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)20時32分16秒
  組織論ですね。かめさんさんの原則論はその通りだと思う。オルグ大切。大学自治会も同じです。ただ私が付け加えたいのは、呼びかけは一方的行為ではないということ。ビラ渡したりアジるのは確かに一方的だが、それだけがその人の理解というゴールまで行く単一な道ではないと思う。かくいう私自身、下級生の頃は黒ヘル被って構内を渦巻きデモする集団に出くわして一緒にいたクラスの友達に「あれお前の仲間やろ」と言われたとき「あんな過激な集団とは違う」とか言ってましたもの。理解にはいろんな紆余曲折な経路がある。オルグはその一つのきっかけだと思う。だから結果から還元する考え方には反対です。呼びかける、ということは押し付けがましいように思えたけど、それは逆にそれだけ従属的に相手を見ているということ。基本的に自由な行為と領域であろう、と(まあ慣れは必要ですが)思います。

そしてイベント屋か。平等という意識、配慮がこれはあるべきだと思う。一部の人の負担はきつい。昨日もイベント↓して痛感しました。(http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8338/article/040404-live.html
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8338/article/040405-live-bira.html
昔から言われていることですが、デモというのは運動の表現の単なる一つの方法であってそれだけが全てではない、だからデモだけ企画するのはお祭りを主催するのと変わらない、みたいなことでしょうか。しかし時間性と空間の領有というのがデモを通して集合的主体として実現するわけで、あと音楽ですね、DJの歴史とか、そういうのを踏まえると一段と議論は変わると。
音楽関係ではこれが良書です、厚いですが一気に読めます↓
「そして、みんなクレイジーになっていく―DJは世界のエンターテインメントを支配する神になった [原書名:Last Night A DJ Saved My Life : The history of the Disc Jockey〈Brewster Bill;Broughton Frank〉 ]」プロデュース・センター出版局 (2003-03-01出版)・ブルースター,ビル〈Brewster,Bill〉・ブロートン,フランク【著】〈Broughton,Frank〉・島田 陽子【訳】[A5 判] NDC分類:764.7 販売価:\3675(税込) (本体価:\3500)
<目次>
序説―踊らなきゃ
始まり(ラジオ)―メイク・ビリーヴ・ボールルーム
始まり(クラブ)―ナイト・トレイン
ノーザンソウル―一夜限りの祭
レゲエ―無限のヴァージョン
ディスコ(ラヴ・イズ・ザ・メッセージ;金目当ての音楽)
ヒップホップ(ターンテーブルの冒険;プラネット・ロック)
ガラージ―パラダイスの気分
ハウス―感じるかい?
テクノ―音の探求
ハイエナジー―人は集い、やがて去る
アーティストとしてのDJ―本物以上の価値
アウトローとしてのDJ―異端者の魅力
スーパースターのDJ―神となったDJ
 

というか、「イベント屋」もたいがい大変なんであって

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)13時37分35秒
  イベント屋的業務に押しつぶされそうな塩梅です。  

ていうか自分で貼りゃいいじゃん(w

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)02時03分23秒
  66ところで「管理人」って誰なんですか?関組長- 2004/04/07 01:40 -
小林正弥さんとメールのやりとりを
していた関組長です。

ところで「管理人」って誰なんですか?
有機・無農薬野菜の八百屋みたいに、
顔の見える関係をつくりませんか?

←WPNの集会でいっせきぶっている関組長
の写真

そろそろ出てきてなんとかしてくれよぉ~
>まやちゃーん@はてみ
>永田町の路上で一夜を共にしたみんなぁ

2つの地平の問題があると思われます。
異議無しっ(^^!

このカキコも削除されないうちに、また
 
http://6514.teacup.com/kurome/bbs 

に転載しといてください(笑)
>黒目氏
http://www.m-shonan.jp/taxpayer/

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=gppn

 

というか、かめさんの話はWPN問題なんよね

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)01時52分56秒
  まあ、俺らは関西なので、WPNに直接、関わらないで済んでいるので(w、
正直いって、WPNがどういう状態なのか、イマイチイメージ出来ないんですよね。
なんであんなアホな話が通るのかとかもよおわからん。
 

組織ー非組織というよりか

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 7日(水)01時31分5秒
  その集団性のありようの問題だと思うのです。
例えば俺らなんかは、有象無象といい上、のべつ知らない人が出入りしているわけではなく、一定の前提を共有した集団性は存在する。
で、俺らなんかは、「エライ人を作らない」というのが最低限の共有事項である。というか、こういう牧歌的様式が成り立つのは、「そういうタイプ」ばっかりが集まった集団性であるから、という側面が大きく、どこででもありうるような、一般化しうる様式では全くないと思います。
逆に「そういうのはカナワンのよ」というタイプが、いくところ無くって吹き溜まった、というところから、俺らの集団性が出発しているという特殊性を俺らは持っている。
そういう連中の自己規定が「有象無象」と言い表されたという話であって、「新しい組織論」的に、他の集団性に適用する事は不可能なんじゃないかと思います。
「そんなんでいいのか!」という話も常にあるわけですが、こんなんしかできひんからこんなんなんであって、こういう牧歌的状況がいつまで続くかわかりませんが、困難に直面すれば、またその時考えりゃいいや、と思っております。

とまあ、こういう事を俺が今考えて、勝手に書くわけですが(w
つーか、俺らの集団性の中に「組織化」とかいう事を持ち込もうとしても、なにをどうしたもんやらという感じなんよね(w

で、興行師問題。
かめさんの指摘で考えましたが、俺の中には確かにそういった意味での興行師的要素は多分にありますね。
これは「俺自身なんか別に大したことゆうとらへんやん」という気いがあり、俺が「俺の考え」を唾飛ばして語る事よりも、戦争に反対する人がぎょうさんおって、その人がその声を上げる回路を形成していく、そういう作業をする係が左翼の運動家の仕事や、という事を、これは随分前から考えている事です。
なおかつ、そこで「主催者ー客」的構造をどのようにとっぱらいうるのか、という問題を抱えつつ、「主催者的仕事」をこなすといった塩梅でしょうか。
せやし、この場合、「客層」は「俺らに似た連中」という形で考えている。例えば替え歌歌ってピースウオークする方がいい、という人たちは、それをやってたらいいと思います。その層の人たちを俺らの行動に参加を呼びかけるような回路を、俺らは持っていない。どちらがエライとかゆうて対立する必要もない。
で、この「主催者的仕事」ですが、段々と慣れというもんがあって、必要最低限の仕事になってきているような気がします。デモ申出すだの機材揃えるだの金集めるだのは、最後まで誰かがやらなしゃーないわけですが、あとは勝手に集まって勝手に動いていくような感がある。つまり、「主催者的」なもんは消滅していくんとちゃうか、という希望的観測を持っています。そうなるまでが「作業者としての左翼」の仕事なんとちゃうか、と。
あとは唾飛ばして「俺の考え」語って、楽になったらいいんじゃないかと思う今日この頃であります。

まあ、そんな「楽になる」事ばっかり考えとったら、ろくなもんにならん、とも言えますが(W
 

イベント興行化の問題点

 投稿者:かめさん  投稿日:2004年 4月 6日(火)20時18分14秒
   「『引き回し』を許さないためには、組織が必要だ」―というのが私の考えです。「なーに言ってんだ、組織作るの好きな奴が引き回しするんじゃないの?」 と思うかもしれませんが、そうではないのです。「組織は嫌い、個人で―」なんていう運動を、声がデカくて強引な性格の奴が(そいつが、たとえ無党派であったとしても)、どこでどうやって意志決定するかがはっきりしていないファジーな運営であることを幸いとばかりに、恣意的に引き回すなんてことはいくらでもある。 それなら「会員がちゃんと集まって会議をやって決める」というふうにきっちりする民主的な意思決定・運営のほうが、よっぽどいい―というのが私の結論です。
 まあ、「これだけがゼッタイ正しい」とムキになるわけではないんであって、有象無象の運動論も、私とは違うけど、まあ、そういうのもありだろうというふうなわけですが。
 で、それと似た話で言えば、例えばWPNがどういう意思決定・運営のシステムをもっているのか―ということが問題になると思う。

 反戦運動のイベント興行化の問題点もここにある。イベントというのは、「主催者=供給者」と「お客様=消費者」の二分が前提になる。「どういうイベントを供給するか」は主催者が決めることであって、「お客様」には「イベントに来るか来ないか、どのイベントに行くか」という選択の自由があるが、それ以上のことはあまりない。
 集会・行動に参加するような人たちが何らかの諸組織を作って、その諸組織が集まって実行委員会の会議やって決定して、決定に従って集会・行動が行われ、実行委員会の会議で総括がされるんなら、例えば「『ヘル被ってはいかん』と決めるのか、そんなこと決めないのか」も「デモだかパレードだかの梯団はどうしようか」もそこで議題になったりするかもしれない。(もちろん、「集会当日は東京に行くけれど、実行委員会の会議に出るのは、忙しかったり、遠方だったりして難しい」という個人や団体はあるけれど)
 でも、「主催者」と「お客様」の二分が前提のイベントでは、せいぜい「お客様の声をお聞かせください」というのがあったとしても、それは、「次は、さらにもっと客ウケするイベントをしよう」と考える「主催者」プロデューサーにヒントを提供するための手法として位置づけられるだけだ。
 

全くどうでもいい話題ですが

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 4月 6日(火)14時27分34秒
  あのわけわからん会長2人とも首にして、統一団体つくって岡本なんとかゆう子を会長にしたらええやんな?>>テコンドー
我が国のテコンドー業界で岡本ゆう人よりエライ奴は明らかにいないんやし。
 

防衛的処置その2

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 5日(月)23時40分11秒
  652つの地平の問題があると思われます。黒目- 2004/04/05 23:36 -
1.掲示板運営上の問題
2.「公共哲学」上の問題
そしてこの両者の重なる領域の問題。

「黒目の行った特定個人への誹謗中傷」とはなんであるのか?
私の書いたものは、30代後半にもなんなんとする人間が「若者代表」となっている事への違和感を表明したものであったと記憶しています。
当該の特定個人が30代後半であるという記述が誹謗中傷なのか、その個人が「若者代表」となっている事への違和感の表明が誹謗中傷なのか?
 こういった事柄が「誹謗中傷」なのであれば、他者の批判はおろか、事実関係の確認すら出来ない事になろうかと思われます。
なにが「礼を失した表現」であるのか?具体性を以て示していただきたいと存じます。

もう一点、削除されたのはこの当該の発言のみではありません。

63お尋ねします。黒目 - 2004/04/02 20:59 -
私と関さんとの間に、私の下の発言を巡ってのやりとりがあったと思いますが、どこへいったのでしょうか?
消えて無くなっている理由がよく理解できません。

という私の発言も削除されています。
これは何かに「礼を失して」いるのか?
これを黙って削除する方がよほど「礼を失して」いるように私は考えます。

以上の理由により、私の発言の削除が、「黒目が礼を失しているから」という理由によるものであるという説明は事実に反するものであると言えましょう。

さらに、関さんの発言に関わる部分ですが、
>第三者が読んでその内容を十分に理解できるものとは判断しかねたので、公共性を欠くものとして削除させていただきました。 >
実際、これは実に礼を失した発言ではないかと思います。
貴掲示板に於ける「公共性」とは、言語エリートの独占物としての「公共性」なのか?
その「内容が十分に理解できるもの」か否かを判定する「第三者」とは、一体なにものなのか?
「皆様に役立つような公共的な議論」とはなんなのか?「役立たない公共的でない議論」とはなんなのか?

公共の場とは、他者と遭遇する可能性のある場です。ここでの「他者」は当然にも前提を共有しない間柄であり、無前提にその相手の言っている事が「理解できる」ものであるという事は、原理的にありえないのではないでしょうか。そして、その他者との間で、共通の前提を生成していく作業が、「公共性を立ち上げる」という行為であり、その作業の為には「会話」を通じて行う以外の、なんらかの方法がありうるのでしょうか?
そういった手段があらかじめ禁じられた場とは、予め「私事化された」、閉じられた空間でしかなく、そこには「公共性」と呼ぶべきものは一片もないように思います。

これは一体なんであるのか?
私たちはこういった様式については「官僚化」という名称を与えてきたと考えます。
官僚化とは、別に行政組織や国家の中でのみ起こる現象ではなく、会社や運動体や組合や遊びのサークルや、インターネット上の掲示板など、どこででも起こる現象です。
この「官僚化」という現象について、「公共」という事を僭称しながら行われる、個人や集団への「私事化」である、と整理する事が出来るのではないかと考えます。官僚(あるいは官僚的存在)が「それは公共的ではない」と宣言した事柄について、全くの「私事的処理」な為される、これは「官僚制」、あるいはその仲間に分類することが出来るのではないでしょうか。

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=gppn

 

防衛的処置

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 5日(月)23時39分26秒
  64管理人より管理人- 2004/04/05 12:58 -
管理人より

 本掲示板に関する注意事項に関しましては、最初の投稿に記してある通りです。以下に再掲いたします。

――――――――――――――――――――――
 こちらは、地球平和公共ネットワークの掲示板です。以下の
投稿する上での注意事項にご留意の上、様々なご意見、また情
報をお寄せ下さい。

・投稿する上での必須入力項目は「タイトル」「お名前」
 「コメント」です。その他の項目は任意となります。
・投稿時に「削除キー」(パスワード)を入力しておくと、
 その「削除キー」を使って自分の記事を修正・削除する
 ことができます。
・管理者がこの掲示板の目的に反すると判断する記事や他
 人を誹謗中傷する記事などは、予告なく削除することが
 あります。
・また,そのような投稿が繰り返されるときは投稿者のホ
 ストからのアクセスを拒否する場合もあります。

――――――――――――――――――――――

 また「新着情報」の注記(各種情報に関しましては、左メニュー(Contents)の下の方「10」にございます「掲示板」をご利用くださいますよう、お願いいたします。)にもありますように、主として様々な情報提供、また感想などをお寄せいただくために設置してあるものです。


 今回の削除については、まず個人に対する礼を失した表現が見受けられたので、その投稿の削除を行いました(同一投稿者からの批判的投稿でも、そのような表現が見られないものについては残しております)。それに呼応する書き込みも、第三者が読んでその内容を十分に理解できるものとは判断しかねたので、公共性を欠くものとして削除させていただきました。

皆様に役立つような公共的な議論を行っていただくことは歓迎致しますが、特定の個人に失礼な表現を用いたり個人的な2者間での会話(公共空間の私事化)にならないように、公共的に理解できる形で書き込んで頂ければ幸いです。
 
 そうでないと、この掲示板の重要な役割である情報提供などが果たしにくくなってしまいます。

 以上の点にご留意の上、ご利用いただきますようお願い申し上げます。

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=gppn

 

「ワカモノを持ち上げる」というか

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 5日(月)02時02分16秒
  どっちかというと、ワカモノ使って腹話術やってるような感じじゃないかしらん。  

う~ん

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 5日(月)01時41分19秒
  「おぢさんたち」について言えば、「元気がなくなった」というレベルではない、なんかもっと大きな、思想的な陥没が起こっているような気がします。あの人たちはある種の仕事は、俺なんか全然追いつかないレベルで、、もんのすげえ勢いで働いたりしていますよ。元気がなくなったとは到底思えない。やはり「向いている方向が変わった」という事が根幹の問題じゃないかと思います。
んでまあ、俺は「指導するーされる」といった関係性が根本的に耐え難く、俺に似たような連中とわあわあやっているというのが俺的には理想的なんですが、本来的にはかめさんのいわはるような、俺の身の回りの諸関係の人たちに声かけてといった作業が重要であるという事には全く賛成です。然るに、俺は人見知りするので知らない人とあんまりよおしゃべらん(wとか、クラブとかいっても楽しいのでひたすら踊って酒飲んでゲロ吐いているようなテイタラクであり、それを俺がやらんのは、単に怠惰のせいであります。
まあ、そんなことやってる内に、顔見知りもできてきてええんとちゃうかという、すんげえ楽観的な展望をしておりますが(W
だけど、その関係性を「組織化」という形に流し込むという事はしたくない。まあ、俺自身がそんな人にもの申したりするようなエライもんでもなんでもないやんけ、という意識が強烈にあるからでもありますが。これは俺の党派性だと思います。
まあ、似たような行為をやろうとしながら、それを「組織化」という方向へと考えるのか、有象無象のままにして動けるような形を取ろうとするのか、というあたりの相違、と整理できるのんかしらん?
興行師問題はちょっと考えます。
俺はある意味、興行うってもええやんけ、とも思うんです。ただ、俺らはその「興行の成功」の為に努力してるんとちゃうよ、という話で。
 

オルガナイザーはいない、イベントを仕掛ける興行師だけがいる

 投稿者:かめさん  投稿日:2004年 4月 5日(月)00時22分23秒
  おじゃましますね。
私は、たぶん、黒目さんと比べると、「反戦運動の組織をつくること」や「労働組合などの組織で反戦運動に取りくむこと」に力点を置いて活動している―という違いがあるんだろうかと思います。でも、chanceの警察権力との親和性を絶対に許せないという思いは同じです。
 と、言っても、chanceが自分たちだけで独自のピースウォークしてるぶんには、人数制限があろうが別にかまわないと思うんです。別に彼らにご遠慮願われなくたって、「私はそういうピースウォークはイヤだから行かない。ご遠慮して、別の行動を作ります。ハイ、『普通ではない』とか『分裂主義者』と考えていただいてもけっこうです」というだけの話だ。
 ところが、「左翼」だか、「市民派になった元左翼」だかの「反省したレーニン主義者」のオッサン活動家たちが、首都圏の幅広い共同行動のなかでchanceに大きな役割をさせる、「新しい運動のシンボル」として持ち上げるというふうにするとすれば、それは問題だと思うんです。
 WPNに対する、私の最大の違和感は「オルグする/組織する」という営みが大事にされていない、という点にあります。オルガナイザーはいない、イベントを仕掛ける興行師だけがいる―という感じがする。
 例えば、「3・20の取り組み」というのは、私にとっては、次のようなことなんです。
 戸別訪問したり、何かの機会を捉えて、紙でできたビラ(自分たちで作る、作るに当たってはあれこれ議論する)を一枚一枚渡しながら話し込む、自分の手書きの短い手紙を添えてビラを郵送して後で電話する、労働組合に持ち込んで、根回しして、機関会議で話して、職場でも話題になるように工夫する。地域で前段集会のような学習会を企画して、そのビラをご町内に配り、駅頭での宣伝もする。「ねえ、ちょっとでいいから、ビラまき手伝ってよ」と人を誘う、その後、飲みに行ってまた話し込む、そうやって、なんとか話を聞いてもらって、相手の話も聞いて、討論して一致点を確認して、一緒に集会に行く。集会のあとで感想を語り合う機会を必ず作る。
 何も集会参加者数を増やすことが唯一の目的じゃない。地域や組合で足腰の強い、根っこのある運動を作るための普段からの努力があって、その流れの中に「たまには東京にみんなで行くのもいいね」ということがあるわけだ。だから地域の団体や組合の旗を持っていくのは当たり前なのに、それも「市民の集会らしくない」といわれたりする。「らしさ」=イメージこそが大切らしい。
 「『デモ』というとイメージがよくないから、『パレード』といいましょう」などというイメージ、「反省した(? どんな反省?)レーニン主義者」活動家のオッサンも実行委員やってるのに、「新しい若い人がやってます」というイメージのためにチャンスだかの若い人たちをやたらと持ち上げる…。そういうイメージ作りが、あたかも「新しい運動」の「新しさ」であるかのように言われる。
 しかし、イメージだけで人は継続的に集まってこない。「人が集まる」というのは、地道な、無数の、多様な、しかし、ありふれた「オルグする/組織する」という営みの結果なんだと思う。
 で、結局、問題は次のようなことだ。「左翼」だか、「市民派になった元左翼」だかのオッサン活動家たちは元気なくなっちゃって、地道な活動が出来なくなっている。地道なことやんないでも人が集まって来るオイシイ話をいつもさがしている人たちは、イメージで人を集めることにだけ腐心するようになる。そこには、オルガナイザーはいない、イベントを仕掛ける興行師だけがいる。
 

「普通の人の運動」

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 5日(月)00時04分39秒
  まあ、ああゆうもんを書いたならば、ある程度は議論になるであろうと、俺は予想していたわけですが、「まっっっっっったく議論がまきおこらない」という恐るべき状況に、どうしたらいいのかしらんという状態ですが(w、議論になっていったら展開しようと思っていたような事をボツボツ書いていくようかしらん。

「普通の人の運動」という事を言っている本人が「普通の人」であるというケースは割と稀であり(w、「どうみても俺らのがまだ『普通』やろ」とヒジョーに言いたいケースによく直面しがちであるわけですが、まあ、俺らは折り目正しいので「俺らが普通でおまえらは普通じゃない」などという普通は言わないような事は口に出さないように心がけている結果、「普通の人イデオロギー」のますますのカルト化が進行してしまうという、非常に否定的な展開が続いていると思います。
で、やはり「普通の人」を主張すること、それ自体が間違いなんだと言っていくべきなんではないか?「どっからどうみても全く普通」というような人間はあんまりいない。そういう奴がいたら、それはそれでとんでもねえ個性である。世の中はデコボコあるからなにかしら人と話する事もあるのであって、そおゆうデコボコない社会を目指す運動は俺らの敵である。
・・・・・・あ、人と話す事ないから、議論そのものを否定できるのか??????
。。。。。おそろしい・・・・
 

ま、作法として投稿してきました。

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 3日(土)23時28分36秒
  63「公共哲学宣言」について黒目- 2004/04/03 23:27 -
http://homepage2.nifty.com/public-philosophy/senngenn.htm
公共哲学宣言
を読ませていただき、なかなか感服致しました。ところが、この「宣言」とこの掲示板の管理者の方の削除という行為の整合性がどうにも理解できません。
ネット上の掲示板という場が、公共の場であるという事は、議論の余地のない事であると思います。
国家や官に回収されないところの「公共」を立ち上げる手段として、インターネットは既に私たちになくてはならない手段です。
で、世間のインターネット掲示板では諸々の問題が常に生じ、「管理人による削除」という事が行われます。私も私の管理する掲示板で、いわゆる「荒らし」や広告を削除します。「荒らし」や広告の削除は一般的に削除する事が、「公共の作法」というものでありましょう。また、掲示板によっては特定の削除の基準が設けられている場合があります。これも、その掲示板の、その立場での公共性を維持する為の作法です。
例えば私の管理するhttp://6514.teacup.com/kurome/bbsでは、「黒目が独裁的に管理します。」と書いてありますが、これも一般的な作法を踏まえないで無体な削除を行った日には、その掲示板は役割を終えるでしょう。
然るに、この掲示板で、私や関さんの発言が削除されている、その基準や前提が、どういった前提で行われているのかという事が全く私には理解できません。その前提がどこかで論理化されている文章も見あたりません。
この掲示板は当然にも公共性という事を前提として運営されていると思いますが、それはいかなる質の公共性であるのか?
私たちの発言の削除は、公共の場の維持(あるいは「私事化」)の作業として行われているかと思いますが、それはいかなる論理で行われているのか?

削除された内容は、私と関さんの間の会話です。その内容になんらかの不都合があるとも思えません。
あるいは「会話禁止」といったローカルルールが設定されているかなにかでしょうか?
私の認識では、「公共性」とは社会的に生成されていくものであり、「公共性」の、不可視の前提がどこからか天から舞い降りてくるといった事はありません。また、ひとりの個人がその場の「公共性」を決定する神のような立場に立つ、という場においては、そこでは「公共性」は消滅し、その個人の「私事」の場へと変ずる事になりましょう。
>今日の「私事化」現象に対抗するために、いきなり「公」を復権させるのではなく、「私」を活性化させる仕方で、「共(我々)」へと向かい、「公」へと媒介することが求められるのである。(公共哲学宣言)
「公」の前提などそもそもそこに存在するものではなく、「私」を活性化させる、すなわちコミュニケーションにより互いの立場を確認しあう事が「公」復権の前提である。このことに私はおおいに同意します。
然るに、この掲示板で行われた削除は、このコミュニケーションの過程そのものの消去である。
この事と、貴会による「公共の復権」という指向とは、どのように整合するのでしょうか?

私は「学問」とは縁遠い人間ですが、学問とは結局のところ、言語化・論理化の作業なのではないかと思っています。言語化・論理化されないものは「学問」と称するに値しない、と私は考えます。

是非ともひとつ、貴会のこの「掲示板削除の公共性」という問題について、言語化・論理化したものを提示して戴きたいものだと考えます。

私は率直に申し上げて、これでは「公共哲学」と『「生活世界」に立脚した人々の「公共世界」の実践的な再建』とがどのように関係があるものなのか、さっぱり理解できません。
ひとつ、よろしくお願いします。

http://global-peace-public-network.hp.infoseek.co.jp/index-j.html

 

(; ̄Д ̄)!

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 3日(土)21時49分38秒
  また削除されちゃってるよ(呆>>ちたま平和公共ネット
削除された文面をこっちに保全ね。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
64いや~んっ。関組長- 2004/04/02 23:53 -
管理人削除ってやつかしら?
これからがいいところだったのにぃ~
イクまでにベッドの上から水ぶっかけられた
みたいな?

このように言論の自由のない社会は危険だと
思うのですが、混沌を恐れて、言論を消して
しまう管理社会は、NGOのなかにも広がっ
ているのでしょうか?

多事争論でした。
http://www.sekigumi.org
63お尋ねします。黒目- 2004/04/02 20:59 -
私と関さんとの間に、私の下の発言を巡ってのやりとりがあったと思いますが、どこへいったのでしょうか?
消えて無くなっている理由がよく理解できません。

http://global-peace-public-network.hp.infoseek.co.jp/index-j.html

 

なるほど

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 4月 3日(土)19時03分12秒
  >ちゃんと政治的獲得目標あって、その「政治的敵」を倒す為に、戦略的に動くというのが「正しいスターリン主義」

正確な(限定的な)「スターリン主義」用語のススメ、従います (w
 

いい事書いてるじゃないですか!(w>>公共哲学宣言

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 3日(土)14時03分39秒
  これが実際に運用されるとどういう事になるのか、論理化されたところのものを提示してもらいたいなあ~っと。ドキワクドキワク。  

う~みゅ

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 3日(土)14時00分11秒
  「人数制限」とかは、「極端な世間知らず」に過ぎないんじゃないのかなと思うんですよね。
最も古典的なスタ党派止めた友人がいるんですが、その友人が「原則的スターリン主義を舐めるなよ」とよく言います(w。
あれはアホみたいな官僚主義とかそおゆうのんに見せかけつつ、ちゃんと政治的獲得目標あって、その「政治的敵」を倒す為に、戦略的に動くというのが「正しいスターリン主義」なのであって、本気でアホなもんを「スターリン主義」に整理してしまうと、「なんしか悪いもんはスターリン主義」みたいな話になってまうんとちゃうかなと。

その後の食いしん坊問題あたりの展開は同意します。
 

>地球平和公共ネットワーク掲示板

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 4月 3日(土)13時57分0秒
  関組長さんも書いてますね。

>これからがいいところだったのにぃ~
>イクまでにベッドの上から水ぶっかけられた
>みたいな?

だって。面白いなぁ w
さあどうする「公共」ネットワーク!

確かここの中心的役割りを果たしている人が、『非戦の哲学』(ちくま新書)出してたなぁ。手に取ってぱらぱらページたぐって結局買わなかったんだけども…

公共哲学宣言
http://homepage2.nifty.com/public-philosophy/senngenn.htm

公共哲学ってーのは哲学分野の知的革新運動だそうです。しかしその割には掲示板での振舞いはありがちだな。
 

う~ん

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 4月 3日(土)13時40分22秒
  東さんという人が書いている「反省したレーニン主義者」が、最も腐ったスタ的手法をイタイケなワカモノにイデ注した、って話じゃないんかと思うんですけどねえ・・・・

↑「すた的手法」は「イタイケなワカモノ」にもとからあったように思うんですよねえ(笑)。dkさんが補足されていたように、届け出人数以上はウォークに参加させないだの(チャンス単独時代)、ものすげー「すた的」じゃないですか。びっくり。

出会った「ワカモノ」と「左翼のおっさん」が両方とも「すた的」であったと言えば言えるのでは? と思ってます。

ただ、「ワカモノ」的に悲惨なのは、警察の介入工作の犠牲者のはずなのに、犠牲者とふるまえずによってたかって「指導」されたんではないか? というあたり。そんなもん、自分で考えろよって話だし、声明にリンクはって終幕をはかるWPNサイトのために、そんな声明を出さなきゃならなくなるつーのはかなり悲惨ですぜ。しかもはしなくも警察と忘年会組の小林一朗氏がChance-Forumで自ら明らかにしていたように、警察とご一緒の当事者個人には個人として語るな、という箝口令を組織的にしいたわけでしょう? これこそまさに「忠告(というなの指導)を外部注入された」結果ではないかと思っておるのです。というのも、小林氏自身も初期にはぺらぺら個人的に確信をもって警察問題を語っていたわけだしね。その変わり身は外からの指導ぬきには考えがたいということで。

で、変わり身の内容(警察と迂闊にも接触したのはまずかったなる総括)を考えれば、あ、これは左翼のおっさんたちに指導されたのだな、とすぐに了解されると。

言いたいことも言えなくなるようなミソつけた方が悪いと言えばそうだけど、口封じまでされるなんてちょっと悲惨だね。それってWPN本体の保身の担保じゃないの?っていう
 

地球平和公共ネットワーク掲示板

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 3日(土)00時49分43秒
  俺と関さんの発言がこの両者に断りなく削除された、この掲示板は「公共哲学」とかいうものをやっておられる方々のものらしいのです。
最近の思潮とかを追っかけてませんので、「公共哲学」とはどういうもんかを俺はよく知らんのですが、「公開された掲示板での管理人による削除」という、まさに公共に関わる問題について、どのような見解が示されるのか、ドキドキワクワクです。

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=gppn

 

う~む

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 2日(金)23時31分34秒
  NGO/NPOとの出会いというよりか、東さんという人が書いている「反省したレーニン主義者」が、最も腐ったスタ的手法をイタイケなワカモノにイデ注した、って話じゃないんかと思うんですけどねえ・・・・  

外在的感想を追加

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 4月 2日(金)21時31分38秒
  そうした「権力」ないし「構造的暴力」への親和性って、いわゆる市民運動では「ありえないもの」として捉えられてきたものだと思うんですが、一部(もしかして多数派)のNGO/NPOの世界ではそんなにめずらしいことでもないんじゃないのかな~と「外在的」に勝手なことを思うわけです。(この認識が間違ってたらガシガシ指摘してください!)

たとえば、アースデイとかに催される「政策提言的イベント」って行政との融和性が、ある種の政策変革のオルタナティヴとして認識されてきたわけじゃないですか。そこでは特定官庁との「前向き」な関係性が積極的意義を持つものとして認知されるわけで、そうした文脈においてこそ、警備警察との連携は「イベントを無事終える」ための必要不可欠な要素として捉えられ、「ともにイベントをつくる人々」のうちに積極的に数えられるていくのもあながち突飛なものではないのかな、と。

とどのつまり、WPNが「市民運動」と「NGO/NPG」の出会いであったとすれば、それは要するに異文化の融合と対立の両方をもたらしたのではないか、という気がします。これは、積極的に評価しうる変化の可能性をもっているかも? とやや楽観的な感想を持っていますが、現状においては「ちょっと、ねえ」というところです。
 

人数制限と「警備」への「ありがとう」路線のもたらすもの

 投稿者:noiz  投稿日:2004年 4月 2日(金)21時20分55秒
  まとまった論考なり紙媒体にのるような文章でなければ、「ネットで騒いでいる(からしょーもねー)」と言われるかもしれませんが(笑)、

> chanceって、立ち上げの頃、デモ(ピースウオーク)の参加人数に
> 制限があったことを忘れてはならないでしょうね...

そして、それは「ウォーク」最後を締めくくる、警察に向かっての「警備ありがとうございました!」とセットになってきたわけですね。その話を聞いて衝撃を受けた私(たち)などは「近付くまい。。。」と思ったわけですが、幅の広い反戦のプラットフォームたるWPNに合流していったらまさしくその手の人々に制動されてしまったという…。(言うこと聞かなかったけど(笑))

で、「ピースウォーク」を好んで呼称していた人々が主催者の一員として合流したWPNにおける感想。「デモ警備スタッフ」なるものが、規制を加えてくる警察に対して参加者を防衛せず、逆に内側を向いて参加者を警察の制動に馴致させようと振舞っているのをはじめて見たとき(そう、それはホントにはじめてのことでした)、「これはもしかして治安弾圧民営化の先取りではないのか?!?!」とか驚愕したのでした、、、おまけに後でChance!メンバーの「警察と会食もしくは忘年会をしていた」という事態が明るみに出るわけでしょう。驚愕の連続でした。

組織された暴力装置たる警察力への親和性については、それの何が「非暴力」で「ピース」なのかまったく理解できませんでした。治安弾圧によって「維持される治安=平和」の積極的な構成因子となることが、「ピース」路線なのか? それは国家「暴力」と裏返しの「非暴力」にすぎず、つまるところ国家「暴力」への参画ではないのか? そして、精神的に権力に屈服したままのこの「暴力/非暴力」の二分法は、権力が指差しする「弾圧してもよいもの」を構成する思考法の一つではないのか? 色々思ったものです。今も意識的にそういう傾向とは対峙しなければならないな、と思って街頭に出ている次第。

このての話題にからもうとすると、愚痴のようになってしまうなぁ。
 

関さんとのやりとりが全部、削除されますた(w

 投稿者:黒目  投稿日:2004年 4月 2日(金)21時00分41秒
  んで、もういっぺん書いてきました。
ああ、ココロが寒い(W
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
63 お尋ねします。 黒目 - 2004/04/02 20:59 - 私と関さんとの間に、私の下の発言を巡ってのやりとりがあったと思いますが、どこへいったのでしょうか?
消えて無くなっている理由がよく理解できません。

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=gppn

 

かくかくといって

 投稿者:dk  投稿日:2004年 4月 1日(木)14時22分10秒
  まだできていないのですが...
chanceって、立ち上げの頃、デモ(ピースウオーク)の参加人数に
制限があったことを忘れてはならないでしょうね...
人数制限をオーバーすると参加したい人たちにもお帰り下さいと言っていたことを。
 

「デモかパレードかピースウォークか ――世代間対話の試み――」

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 4月 1日(木)01時06分36秒
  という企画があるようで。
http://global-peace-public-network.hp.infoseek.co.jp/index-j.html
これに関して、ここの掲示板に投稿してきました。
>>>>>>>>>>>>>>>
関西でこういうアホな運動に関わっている黒目と申します。
http://us.geocities.com/tousousyouri/
表題の会に関わる話ですが、
http://mypage.naver.co.jp/kurome/text4.htm
「内在」する事の可能性そのものの危機であるのだ
という文章を書きました。このネタは継続的に議論していく必要があるかなと思っています。
それでですね、私の関わっているようなのは、大体私が35歳で最もおっさんの層に属し、主力は10代20代なのですが、この相対的に「若い層」と言っていいであろう層が私の書いたものに賛意を示す人が沢山いる。見知らぬ人から賛意のメールももらっています。
一方で、私が反論した相手の高田健さんは60-70年世代に属する、マルクス主義の運動の出自を持つ人です。
これはそもそも「世代間問題」などではないやん、というのが私の意見です。単にこれは運動的指向性の問題であり、それはどの世代にも存在する事である。
これを「世代間問題」に収束させていくというのは、事態の本質から遠ざかる事でしかないように、私には見えるのです。
如何でしょうか?
http://mypage.naver.co.jp/kurome/
 

(無題)

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 3月31日(水)22時51分26秒
  俺が批判した相手方面からはかなりロコツに無視されている状況ですが(w
吉川勇一さんのサイトで言及がありました。
10  『論座』3月号の小論と関連ある議論について(2)
http://www.jca.apc.org/~yyoffice/ronsou10Higashi-KansaiKurome.htm
俺、吉川勇一の「市民運動の宿題」ゆう本、割と教科書的に読んでたんよね。
数少ないサヨクの実用書ですな。
 

(無題)

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 3月29日(月)22時44分52秒
  で、ヒジョーに代々木的な、手続き論で議論を封じ込める事が策動されたりといった手法が横行する、と(w  

「内在」する事の可能性そのものの危機であるのだ

 投稿者:黒目@ヨッパメール  投稿日:2004年 3月29日(月)22時43分55秒
  いろいろな反応があるわけですが。
で、俺の危機感としては、これはかつて唾棄された「前衛ー大衆」構造の復活とちゃうんけ、というものです。70年代ー80年代にかけて、確かに自律し、自分で考えて自分で行動するタイプの層が登場した。それを「市民運動」と名付けられてきたし、その作風は学生運動や労働運動、党派運動などに還流してきたと思います。その中で、古典的な「前衛ー大衆」といった「指導」なり「イデ注」なりといった作風は決定的に古い物となっていった。
ところがここへきて、「指導される従順な主体」が運動の中でどっと出てきて、そして極めて古いタイプの「指導する前衛」が墓の下から出てきたという事なのではないか。

で、まあ、これは意外と単純な理由、民青が崩壊する事で、あの客層がどっと流れ込んだ、という単純な話なのではないかと思ったりしますが、「指導する前衛」側の問題は、実に重たい問題ですねい。
 

さて、ここでも使いましょうか

 投稿者:黒目メール  投稿日:2003年 9月30日(火)15時22分48秒
  めんどくせえな、実際。
まあ、ぼちぼちやりまっさ。
 

「青春問題」、移動します

 投稿者:黒目@電気  投稿日:2003年 5月12日(月)13時03分58秒
  (無題) 投稿者:黒目@電気  投稿日: 5月 9日(金)15時37分11秒

「どうすればよいのでしょうか」って知りませんよ、んなこたあ(w
まあ、俺は「おっさんはおっさんとしての社会的役割を果たさなければならないんじゃないか?」と思う事があって、んで、「おっさんプレイ」をやってる、という部分が多分にあります。
つーか、「青春」「青年」とかって、世代的な共有感覚だと思うんですよ。「若い」という事以上に、「同世代」という事、同じ経験を共有してきているという事、そういったが大きいのではないかと。せやし、なんぼ「若いおっさん」でも、同世代はおっさんなんであって、という。
別に「世代ブロック」でうごかなあかん、てな話では全然ないですが、「若いおっさん問題」というのは別の問題であるかと。



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はじめまして 投稿者:2tom  投稿日: 5月 9日(金)02時01分10秒

黒目様、皆様、はじめまして。

「青年」議論を拝見して、ふと思ったのですが、アタクシのように、おっさんなのに絶対おっさんではないと自分で思っている輩はどうすればよいのでしょうか。
「青年」について、(男女別は置いといて)年齢くくりの側面が問題となると、「おっさん」「おばはん」も一体何才からそうなるのか、と。
私は、自分をおっさん規定するのも人から呼ばれるのも好まない。
よく、酒席で年輩の女性でも「おねーさ~ん」と呼ぶのは、文字が多分「姐さん」だから、違う問題だと思いますが。
結局、他人が概念規定するのがイヤかな。
 

焚火派GALゲー戦線様

 投稿者:野次馬  投稿日:2003年 5月 5日(月)22時51分55秒
  ご助言ありがとうございます。感謝しております。当のことについては他意はありません。たまたま知っていたネット上の有名人の名が、青い鳥、くらいしかなかっただけです。  

野次馬さんへ

 投稿者:焚火派GALゲー戦線  投稿日:2003年 5月 5日(月)22時16分47秒
   議論に介入するつもりも、議論のフォローもしておりませんが、他人に対して「青い鳥と似たようなもの」という質問の仕方は不適切です。 意見が合わないとしても青い鳥のようなという形容をすれば、それだけで私なら「全面的な宣戦布告」と受け取りますが・・・。(睦月というのは、どんな人か知りませんが。)  

つーことで

 投稿者:黒目  投稿日:2003年 5月 5日(月)21時59分27秒
  しばらく晒した後に、http://6511.teacup.com/kurome/bbs に投棄します。  

どん底はどん底だぁ!

 投稿者:どん底  投稿日:2003年 5月 5日(月)17時35分5秒
  身元詮索キモチワルイ!

それになんで野次馬さんが黒目さんに謝ってるんだよ。
秘密裏の内に連携・共謀してるんじゃないのか?
あちらにバクロしたろか(笑)
ワケワカメな関係だなぁ。

どん底のホームグラウンドはこちら

http://jcpw.site.ne.jp/

今日はここにも書いた。

http://bbs3.otd.co.jp/306865/bbs_plain

下らぬ詮索やってるヒマがあったら書くべきことを書いたらどうなの?
 

黒目様

 投稿者:野次馬  投稿日:2003年 5月 5日(月)13時44分47秒
  二次会にて失態お見せして申し訳ありませんでした。
どん底=睦月、というご趣旨でしょうか。
私は、ここ一年ほどの新参者で、青い鳥というのは認識したのですが、
睦月というのも似たような方なのでしょうか?
ご教示下さい。
 

で、最近つらつらと考えている事

 投稿者:黒目  投稿日:2003年 4月30日(水)01時21分34秒
  最近、酔っぱらってはこの話ばっかしてんですが、例のネグリ/ハートの<帝国>の話では、<帝国>つーもんが成立して、国民国家は解体していく、んで、この国民国家を再建しようとゆーよーな試みは反動的なもんである、てな話であると理解しているんですが、
だがしかし、我々の周りはナショナリストが跳梁跋扈し、石原慎太郎に300万票も入るという、しみじみとおっそろしい情勢の中で我々は生きているわけで、「どこらへんでどう国民国家が解体してるんや??」と、この前提に甚だ疑問を持っていたわけです。

で、このイラク反戦運動です。
この中で、右派は「日本は北朝鮮問題というのを抱えている、日本はアメリカに守ってもらわないとならないので、日本はアメリカの戦争に反対できない」という事を主張しました。この文脈って、どこをどう探しても、日本という国家的主体は存在しない。こういう事をナショナリストと目される人が主張するわけです。
・・・「国民国家、解体しちょるな・・・」としみじみと実感したわけです。

で、今回の戦争で、アメリカ合衆国は、イラクという国家的主権があたかも存在しないかの如く振る舞いました。60年代以降の第三世界が国家として「独立」していった過程が、まるで存在しなかったかのような行動であったわけです。
で、俺らはいま、「イラクはイラク民衆に任せろ」というスローガンを叫んでいたりする。
これは全く逆転しちゃってる現象なわけであるわけですが、これを以て「反動的」といわれてもな、反戦運動でけへんやん、とゆー。
まあ、あったりまえの事ですが、奴らの方が<帝国>的文脈で動いているわけで、我々はそれに対抗する、インターナショナルかつローカルな中身を主張していかなあかんわけであって。
まあ、ほんで「日米安保粉砕」といったローカルな話もするわけで。
 

ここもやはり活用しよう(w

 投稿者:黒目  投稿日:2003年 4月30日(水)00時42分29秒
  ぜんっぜん知らなかったんですが、現「みどりの日」を「昭和の日」にしよう、つーのが連休明けから審議入り、今国会での成立を目指すのだそうで。
で、今日は大阪のデモにいってきますた。
デモの何時間も前から、右翼がそこいらじゅうを大音量ではしりまわり、えらい騒ぎとなっていました。
「うりゃ~!ででいけ~!赤旗極左共産党~!」とかそういう絶叫調で、
あれを毎日やってもらったら、天皇制なくなるんじゃないかと思いました(w
「極左共産党」って書いたメットでも作ろうかしらん
 

3月20日のアメリカ大使館前弾圧に抗議する声明

 投稿者:たいらひとしメール  投稿日:2003年 3月24日(月)14時20分39秒
  たいらです。
以下のような声明がでていますので、転送します。
声明の緊急的な性格上、重複してごらんになる方が多いと思います。すみません

以下、転送可>─────────────────────────────────────────

3月20日の、アメリカ大使館前での開戦に抗議する人々のなかから4名の逮捕者が出た件に関し、以下のような声明と声明への賛同が呼びかけられています。

マスコミを中心に、「反戦運動つぶし」をねらい、事実を歪曲した情報がまかりとおっています。
しかし、私たちが戦争に反対する声をあげることは、正当な権利であり、憲法にも保障されています。

ぜひ、ご賛同いただければと思います。
宛先は下記。賛同者名は公表を前提としていますが、ハンドル名etcも可です。
また、今後の情報についても、下記のwebにて発信していく予定です。

─────────────────────────────────────────

3月20日のアメリカ大使館前弾圧に抗議する声明

2003年3月21日

 3月20日、イラク戦争が始まった日の夜、多くの人々がアメリカ大使館に戦争反対の抗議・申し入れをしようと集まりました。
 ところが大使館周辺は大変なことになっていました。警視庁は、大量の警官と特殊車両を大使館の数百メートル手前に配置し、道をふさぎ、人々の往来を妨害していました。
 警察官は、なんら説明や釈明も行うことなく、もっぱら大使館前へ向かう人々を罵倒し、羽交い締めにし、あるいは盾を押しつけ、組織的な暴行を加えてきました。
 そして申し入れのために訪れた人々のうち4名を次々に拉致し、特殊車両に監禁してどこかへ連れ去ってしまいました。翌日の報道によると、4名が「公務執行妨害」の容疑で逮捕された、とのことでした。
 戦争に反対する者は、申し入れすら許されないのでしょうか。戦争に反対する者は、問答無用で拉致されてもよいのでしょうか。
 私たちは、アメリカ大使館へ戦争反対の申し入れを行おうとした人々に対して警察が行った暴行、不当な逮捕・監禁に強く抗議します。

3・20 反戦青年救援会
連絡先:東京都港区新橋2-8-16 石田ビル4階14号 救援連絡センター気付
URL: http://mypage.naver.co.jp/antiwar/
E-mail: antiwar@naver.co.jp
 

(無題)

 投稿者:野次馬  投稿日:2003年 3月13日(木)10時37分54秒
  どうもありがとうございました。  

(無題)

 投稿者:黒目@神様はバース様だけ  投稿日:2003年 3月13日(木)01時52分59秒
  マル共チャットの事はちょっとわかりかねます。
私も、はたしてかつて登場していた「けんたくん」と、いま、妄言吐き散らかしているヘタレが同一人物であるのかどうかは確認できません。というか、かつて登場していた「けんたくん」は、もうちょっと普通の人間だったと記憶しているのですが。
で、たしかに葉寺さんの名前を騙って、マル共チャットに書かれたものがあったという事実は確認しています。
話せば長くなりますが、俺はマル共チャットの前提が共有する事が不可能になった、という判断から、あの場から召還しちゃいましたので、あすこで起こった事をどうこうという気持ちはありません。
しかし、左翼を自称する輩が、ああいった人を陥れるような事をやっている、これはサヨクの作法の問題として、俺は許さない、という事を表明しておく必要があるかと考えた次第です。
つか、すでにマル共チャットだけの問題じゃなくなってきていますしね。
 

黒目さん

 投稿者:野次馬  投稿日:2003年 3月12日(水)08時11分26秒
  三次会でのことですが、

どの、ケンタクンが、オリジナルなのですか?

ケンタクンは、いくつ別名をつかったのですか?

葉寺覚明さんの名をかたったのは、どこでいつなのですか?

ここらあたり、ご教示いただければ幸いです。

マル共連チャットに、にせケンタクンが現れたと聞いたものですから。
 

ヨウデラマサアキの生態

 投稿者:kentakunメール  投稿日:2003年 3月 9日(日)15時05分39秒
  なんか俺のパソコンの情報を載せたあと止まってるようですが。

葉寺覚明(ようでらまさあき)の習性を知る為に実験的にプロキシかけずにメール送ったら以前と同じく予想通り、ちゃんと載せてくれました。

黒目さんが青い鳥さんを追い掛けるように、葉寺覚明(ようでらまさあき) のいろいろな掲示板での発言をチェックしてましたが、こいつの書いてる文章は、意図を他人に分かりづらくする為にワザと普段は使わないような修飾語を多く使ってる感じです。

例文を1つ挙げます。

企業の権利 投稿者:葉寺覚明  投稿日: 1月 8日(水)23時29分45秒
他のいかなる企業から、どのような規模の信頼を勝ち得ていようとも関係なく、
その企業が決定的な齟齬を生じせしめた場合、取引停止にされる理由になり得ます。
スイカに砂糖を振りかけただけで千利休にボロクソに言われることを考えれば、
特定の人間に「対話不能」の判断を下すことくらい、どうということはないと考えます。

上文で覚明(以後まさあき)は雪印の牛肉偽装事件を例にしたいわけです。

要約すれば『雪印のような信用されてる会社でも、ウソの記載をすれば業務停止になる』となります。
または、『信用されてる企業でも不祥事を起せば営業停止になる』でいいわけです。

『齟齬』という中国人でも知らないような漢字を使う所に覚明(まさあき)の自信過剰が表れてます。
誰にでも分かりやすい文章を書くのが発言者の基本でありますが、葉寺覚明(ようでらまさあき)は自分自身が小学生以下の文章を書いてるにもかかわらず、他人に『対話不能」ということを言ってますから、こいつ(ようでら)の知的レベルの低さが露呈されて笑えます。

ところで、なぜ覚明(まさあき)は こういう発言を繰り返してるかと言うと、こいつ(葉寺)の習性は下文で説明できます。

18 :葉寺覚明 ◆7Wpm.iX2 :01/11/18 20:4 0
>>17
ああ。そうかい。何とでも思うがいいや。
でもオレ、自分のこと大物だなんてちっとも思っていないけど。

「覚醒痔吸引」がカッコイイと思うなら、おめえがそう名乗れ。

28 :>18 :01/11/19 14:41
>>でもオレ、自分のこと大物だなんてちっとも思っていないけど。

このスレでそんな書き込みないぜ。内心、自分を「大物」と錯覚していることを
吐露したな・・・


以前に朝のワイドショーを見てた時に、三流舞台芸人が名わき役と、取り上げられてた番組で上文と同じようなことを言ってました。

そいつは30代の中年芸人だったのですが、『自分は昔から全然大した人間ではないと思ってます」と。

これは上の28さんの言う通り、自分の事を、『大物ではない』と言ってる奴は自分がいかに三流で、しょーもない人間であるかを全然分かってない。
裏返しで自分の脳みそでは自分はある程度イケてる奴だと『度勘違』はなはだしい奴なのです。

つまり、葉寺(ようでら)は自分が共産主義者と同様、知識や知能があると勘違いしてるからデカい口叩いて、名前のように恥かいてるわけです。

そんなようで、共産主義者にとっては、こういう奴は迷惑極まりないわけです。
他にも、こいつの日中愛好会、第54掲示板、遊撃インターネットでの葉寺覚明のバカさかげん は山程あるんだが。

長々と書きましたが、ブ左翼である共産趣味者の人達は、ハジカクメイのような しょーもないバカチンのカスを相手にしてるみたいですが、僕の場合はこんなしょーもない人間を相手にしてる自分がアホらしくなってきたので、このへんでもうやめておきます。
 

けんたくんのキチガイメール

 投稿者:防衛委(株)メール  投稿日:2003年 1月10日(金)16時23分23秒
  とってもステキなメールを貰ったので、インターネットのルールに基き、公表すます。

--
From - Fri Jan 10 16:08:29 2003
X-UIDL: 1042174097.20531.jiveS=786
X-Mozilla-Status: 0001
X-Mozilla-Status2: 00000000
Return-Path: <kentakun@freejpn.com>
Delivered-To: hjkm@softhome.net
Received: (qmail 20526 invoked by uid 417); 10 Jan 2003 04:48:17 -0000
Received: from smile.ocn.ne.jp (HELO smtp.smile.ocn.ne.jp) (210.190.142.171)
 by 192.168.0.5 with SMTP; 10 Jan 2003 04:48:17 -0000
Received: from [219.160.220.99] (p3099-ipad14osakakita.osaka.ocn.ne.jp [219.160.220.99])
by smtp.smile.ocn.ne.jp (Postfix) with ESMTP id 153752A39
for <hjkm@softhome.net>; Fri 10 Jan 2003 13:48:15 +0900 (JST)
User-Agent: Microsoft Outlook Express Macintosh Edition - 5.01 (1513)
Date: Fri 10 Jan 2003 13:50:24 +0800
Subject: <no subject>
From: kentakun <kentakun@freejpn.com>
To: <hjkm@softhome.net>
Message-ID: <BA448020.642%kentakun@freejpn.com>
Mime-version: 1.0
Content-type: text/plain; charset="ISO-2022-JP"
Content-transfer-encoding: 7bit

消えろ 防衛委左翼W
--

大阪府のOCNをご愛用。ぎゃははははは
 

お久しぶりでござい

 投稿者:臨夏  投稿日:2003年 1月 5日(日)19時25分49秒
  ます。
言い訳しませば、OSかえて、ブックマーク混乱してたもので。

さて、あけましておめでとうございます!
旧年中はお世話さまでした、
また今年もよろしくお願い致します!

遅ればせですが。。
アナのかたも、お正月は祝いますよね??
 

なんだかな

 投稿者:シリコンバレー@豊胸娘  投稿日:2002年11月28日(木)02時03分5秒
  創刊時に週刊金曜日にちょっと期待してしまったものとしてはこのような形でのクローズアップは遣る瀬無い気持ちがしないでもないが、このような立場・見方からの取材があってもいいのではないかとも思います。右派ジャーナリズムの目の敵にされたためのこの報道ですが、北朝鮮が最もシャレの通じないなんでもありの独裁政権であるからといって、拉致被害者を一度返すという約束を反故にして北朝鮮にいちゃもんつけられるきっかけを作った政府のやり方のほうが数倍アホだと思います。それにしても窪塚洋介の映画といい、国益国益というようになったマスコミといい、右ならえは小学校でおわりにしてもらいたいものですね。  

あまりにも愚劣

 投稿者:黒目  投稿日:2002年11月14日(木)16時21分58秒
  ここへきて北朝鮮の恫喝メッセンジャーの役割を果たす週刊金曜日ってなんなんだ?
排外主義の高まりという問題は生じているが、それが問題であるという事は
北朝鮮が最もシャレの通じないなんでもありの独裁政権であるという事実を軽減するものではない。
しかし、これって一体、なにがやりたかったんだ?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20021114-00001066-mai-soci

 

安保反対

 投稿者:野次馬  投稿日:2002年10月21日(月)22時38分10秒
  >大学斗争の時期の「安保反対」を批判してるわけで、

 客観的に論証できる根拠はもたないのですが、1960年代末期の「反安保」闘争の、少なくとも大衆レベルでの参加者の意識は、「日本のベトナム戦争参戦国化反対」ぐらいのもので、スローガンはともかく、実際に「安保体制」の解体までを具体的に意識していた層はそう多くないのではないかと思います。また、安保そのものよりも、1960年に虐殺された樺美智子さんのことが強く意識されていたのではないかと思います。
 さらに、60年安保闘争も、数十万人の参加を見た全学連主流派に結集した大衆の意識は、「安保反対」よりは「岸を倒せ」だったというように聞いています。もう少しいいかえれば、戦前のような国家への回帰への忌避です。
 臨夏さんのご意見とはすれ違いになるだけかもしれませんが。
 

過度的ですか、

 投稿者:臨夏  投稿日:2002年10月21日(月)22時21分18秒
  過度期段階論とはちがいますね、
あれは嫌いなんで。

歴史は、「人類前史が終わるまで、ぜ~んぶ過度期なんや」、
といえば、そうなりますから、
あまりの一般適用は考えなあきませんね。
安保でもなんでも、シメるとこはシメな、というとこでしょうか。

>トロツキーやレーニンは、クレムリンの給仕に「革命的作法」を押し付けず

『トロ翁自伝』で見ました、よろしおましたなあ~w
 

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