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(無題)

 投稿者:作者  投稿日:2017年12月 2日(土)21時33分18秒
  移住して、農業をやることにした。
愛媛県宇和島市で、かんきつ類をやる予定。来年4月から2年間、修行に入る。
今はいろいろと支援制度があり、金銭的なリスクが非常に少なくて済む。
綾は修業期間が終わるまでに、随意に来る。

お前も来いよ!うまいもんたくさんありますぞ!
 
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年11月10日(金)05時34分18秒
  「日本のどこいっても、ナントカまんじゅうがある感じで、ドイツではなんでもビールにすんのか」という問いに対してはNoだ。ドイツはイメージ通り「固い」奴らなので、そんな軽薄なことは基本的にしない(というか、出来ない)。

というわけで、宗教改革ビールはレアであり、偉大だ!アヤヤと来い!(注:いまから来い!)
 

(無題)

 投稿者:作者  投稿日:2017年11月 5日(日)11時15分38秒
  「少し語法が分かると、途端に理解が進む」というのは、あると思う。歌舞伎なんかも含めて、伝統芸能には、そういう符牒みないなもんがあるからな。あと宗教画とかも多いか。
「語法」に限らず、いろんな知識なんかも関わると思う。20歳のときと今のおれでは知識の量がまったく違うので、例えば一枚の絵を見るのでも少しは複雑な(多面的な)見方ができるようになっていると思う。その分、いろんなことを面白くみられるようになったといえる。

ウンベルト・エーコが小説を書くときに、①比較的わかりやすいメタファーと、②かなり知識がないと読み解けないメタファーを織り交ぜる、というようなことを書いている。
①がわかればまあ面白い、②までわかればさらに面白い、みたいな考えなんだと思う。
実際、これはすごい!ってもんは、大衆にも受けるし専門家も評価している場合が多い。
黒澤明でも、小津安二郎でも、手塚治虫でも、宮崎駿でも、夏目漱石でも、村上春樹でも。
これは、そいつらの作品にはエーコのいう①と②(のようなもの)もあって、
受け手の「鑑賞眼」に合った面白さが作品からは引き出せる、ということなのだろうと思う。
能楽は、本来は①も②もあったのだろうが、伝統芸能に認定されこれを守らんとすることによって、いつの間にか時代から断絶され、①でさえ分からない時代になってしまった、ということか(このへんは特に調べておらず、適当な意見)。あとは神様と日本人も関係が切れちゃったね。これでさらに難しいのかも。

「宗教改革ビール」いいね。日本のどこいっても、ナントカまんじゅうがある感じで、ドイツではなんでもビールにすんのか。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年10月30日(月)10時28分58秒
  「あまりにも分からなすぎる」というのは、現代美術、現代音楽に対しても完全に有効な言い方だと思うのよな。しかしながら、現代表現および形骸化した古典芸能でさえ「少し語法が分かると、途端に理解が進む」という事実はあると思う。シテは基本的に人間ではなく神である、という前提が分かっただけでもある程度「楽しめる」ファクターが出てくるのでは、と。解読を行う積極的な鑑賞者というのは、(解読する必要がほとんどない)分かりやすくポピュラーなものに対して反応が薄いのではと思ったりするし、そんなことはどうでも良くても、やはり表面的なものというのは背景の薄っぺらな物語になるのかも。スーパー歌舞伎とかあったけど、ああいうのは実際どう思うよ?っていう。まぁ極端な例だし、「あまりにも分からなすぎる」レベルまでいけば、もう少しポピュラリティに寄り添ってもいいのかもなと思うのは俺も一緒なんだが。

そういえば、今年は宗教改革500周年ということでマルティン・ルターがローマカトリックに楯をついた小都市ヴィッテンベルクに参ってきた。プロテスタントがすげえなと思ったのは、未だなお「ローマ教会は変わってねえ。おまえらふざけんな」という主張をしていることで、500年にも渡ってよくやるわと関心した。街の広場の真ん中で午後から飲んだビールは普通のドイツビールだったが、帰りの電車で飲んだビールの名前は「宗教改革ビール」という名で、これまた普通のドイツビールの味であっぱれであった。
 

(無題)

 投稿者:作者  投稿日:2017年10月 1日(日)21時51分0秒
  能楽についての感想は、おれは反対意見だ。
現代人が聞いても何を言っているのか分からない、何をやっているかがちっとも分からない、
狂言は誰も笑っていない(往時はコントみないなもの)、というようなもんで、完全に現代と切断されている(そういう意味では、すでに異文化とも言える)。

一部の好事家を除き、大衆芸能だったはずのものが、もはや大衆を楽しませることができていない(お前さんが寝てしまったように)。
運営的にも、補助金や会費なしでは立ちいかないものになっているようだ。

現代と切断された異文化は、それはそれで残してもいいとは思うが(残さなくてもいい)、
もう少し歩み寄ってもいいんではないかと思う。
それをしないのは、芸能として怠慢だ。何のためにやってんだと。伝統を守るのは結構だが、本来の客を楽しませるという大目的より優先させるまでのもんかね。

分かりやすいもんがいい、と言っているのではなく、あまりにも分からなすぎる、という意見だな。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 9月30日(土)07時08分51秒
  TUBEの動画にブライアン・イーノを合わせるという趣のある映像を見た。汗臭い前田の顔が動くからこそ、「飛び込む水の音」という歌詞がなんと芭蕉に見えてくる。どこか価値観の揺さぶられる取り合わせといえよう。
https://twitter.com/hatsuo_820/status/913718080785719304
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 9月23日(土)06時33分53秒
  いまさらながら能は面白いな。明日のコンサートで猿楽=能に使われている(であろう)音階を使うので少し勉強しているのだが、舞台芸術という意味でも「更新され続けるテクノロジーを完全に無視する=当時の状態で完成されている」という態度を貫いてるのもイイ。いつだったか作者と見に行って俺は途中でぐっすり寝てたっけなあ、と思い出した。あれ、ジョウショウもいたんだっけか。息災か。https://www.youtube.com/watch?v=RNE60ygYH6E  

(無題)

 投稿者:作者  投稿日:2017年 9月 9日(土)14時52分26秒
  おお。やっぱり、ステンレスじじいには連絡しとらんか。
がんばれ、ステンレスじじい。
なんにせよ、いい夫婦だった。


しかし、セブンイレブンのCMが狂ってる。
いろんな奴らが「ありがとう、おでん!」「ありがとう、おでん!」と言う、
まったく理解できないCMが今やっている。
なぜ、「おでん」に感謝しているのだろうか。
http://www.sej.co.jp/concept/tvcm.html
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年 9月 2日(土)16時02分3秒
  バタバタと一昨日帰ったぜよ。
やはり今回の後半は千葉での時間が取れず、かよちゃんとの席が設けられずに申し訳ない。
次回こそは是非。

今回も良い旅であったことよ。二人とも時間をとってくれて有り難う。
ステンレスのおっさんには連絡をしていないが、まぁまた来年あの茶屋には寄りたいものだ。
すでに我々はカニ道楽が今までと違って見えるよな。それが美術のチカラよ。

ちなみに「マジか!」はまだ存在した。
 

(無題)

 投稿者:作者  投稿日:2017年 9月 2日(土)08時45分24秒
  あれ、もう帰ったんか、ワレ。  

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